このページの要点
- 許諾の範囲は、翻案・配信販売・宣伝・商品化に分けて書き、グッズは事前の協議と書面の合意による。
- 演出・カットの追加・効果音やアドリブの追加は、事前の確認と書面の承諾の対象にする。
- 再許諾は、相手方・目的・範囲・対価を書いた書面で原作者の同意を得る形にする(再許諾の可否と条件は、許諾の範囲として契約で決める事項)。
- 追加の描き下ろしは許諾とは別の制作の委託。内容・対価・納期を示し、フリーランス法の明示に対応する。
結論:漫画の映像化は「著作権の買取り」ではなく「原作の利用許諾」で組む
完成した漫画に声や動き、効果音を付けて販売するボイスコミックやモーションコミックは、漫画家(原作者)から映像制作会社へ「原作の利用許諾」を出す契約で成り立ちます。利用許諾(ライセンス)とは、著作権を移さずに他人に著作物の利用を認めることで、許諾を得た側が使えるのは、認められた方法と条件の枠の中に限られます(著作権法63条1項・2項)。著作権を買い取らなくても映像化はできますし、原作者の側も、原作の著作権を手元に残したまま収入を得られます。
事務所は、映像制作会社(許諾を受ける側)のご依頼で、原作使用許諾契約書を二系統作成しました。買切り型(のちに修正版)と、それを全面的に組み替えた売上分配型(契約書案)です。いずれも日本国内での独占的な利用許諾を基本に、次の範囲を許諾の内容としていました。
原作使用許諾契約で許諾した利用の範囲
原作を翻案し、映像作品を制作すること
原作の根幹に関わる重大な変更は、事前の協議と書面の同意を要するとしました。
映像作品を国内外で配信・販売すること
売上分配型では「有償又は無償で」と書き、無料の公開も許諾の範囲に入れました。
予告編・広告・PR動画を制作・配信すること
宣伝の目的に限り、軽微な編集や短縮版の制作を認めました。
映像作品のキャラクター・イラスト・デザインを使ったグッズの制作・販売
グッズの種類と販売の方法は、事前の協議と書面の合意によるとしました。
映像作品は、原作を原著作物とする二次的著作物になり、その著作権は制作会社に生じますが、原作者は映像作品の利用について同じ種類の権利を持ち続けます(著作権法28条)。この関係は原作者と作画者の権利関係で詳しく扱っています。
「本原作」と「映像作品」を定義で特定する
許諾の対象となる「本原作」は、契約書の中で記入して特定する形にしました。記入する項目は、題号、著作者(氏名又は筆名)、著作物の種類(ストーリー漫画・4コマ漫画・イラストノベルなど)、初出の媒体、発表の年月日、著作権の登録の有無です。そのうえで、本原作には、ストーリー・キャラクター・設定・世界観・作中用語・セリフなどの構成要素と、イラスト・作画・表紙デザイン・ロゴなどの視覚的要素が含まれる、と定めました。
売上分配型の契約書案では、制作会社は「本原作の表紙及び扉絵を含む完成データ」を利用して映像作品を制作する、とも定めました。ボイスコミックは完成原稿をそのまま素材にするため、どのデータを渡し、どのデータを使ってよいかを特定しておくと、表紙や扉絵を映像に使ってよいかという疑問が生じにくくなります。契約終了後に返還・消去する素材の範囲も、この「完成データその他の素材」とつながります。
事務所の書類での扱い 「映像作品」と「配信・販売」の定義
映像作品の定義
理由締結時に一括で払う方式では許諾の範囲を広く取ることが制作会社の利益になるが、売上分配型では、許諾の範囲(何ができるか)と分配の範囲(何に払うか)を定義の段階で分ける必要があったため。
配信・販売の方法
理由冒頭の無料パートや試聴版のような無償の公開を許諾の範囲に入れつつ、分配の母数とは切り離すため。
買切り型の当初版には、将来の媒体についての定めもありました。締結後に新しい配信技術や媒体が開発された場合、制作会社はその新しい媒体でも映像作品を利用できるが、当事者は別途協議して新しい媒体への適用条件を定めることが「できる」、という書き方です。新しい媒体を一律に除外すると技術の変化に追いつけず、一律に含めると原作者が想定していない利用を許したことになります。利用を認めつつ協議の扉を残す、中間の書き方です。
改変の協議:声優のアドリブと効果音
買切り型の当初版では、脚本・編集は原作に忠実に行い、キャラクター性・ストーリーライン・世界観を不当に損なう改変をしない、シナリオの変更・演出の変更・カットの追加削除などは事前に協議して書面の同意を得る、ただし軽微な変更は除く、と定めました。売上分配型への組替えでは、この改変の協議の手続を独立の条(第4条)にし、演出・カットの追加・効果音やアドリブの追加その他の改変は、事前の確認・協議・書面の承諾を要するとしました。
ボイスコミックでは、声優のアドリブや効果音の追加が典型的な改変の場面になります。漫画のコマには書かれていない台詞や音が加わるため、原作者から見ると「キャラクターが言わないはずのことを言っている」と感じる場面が起きやすいのです。これを改変として承諾の対象にするのか、軽微な変更として制作会社に任せるのかを決めておかないと、完成後に原作者から差替えを求められることになります。
売上分配型の契約書案 第4条(改変の協議)の要旨
1制作会社は、本原作の表紙及び扉絵を含む完成データを利用して、本映像作品を制作します。
2制作会社は、演出、カットの追加、効果音やアドリブの追加その他本原作の改変を行うときは、事前に原作者に内容を確認し、協議のうえ、書面による承諾を得るものとします。ただし、本原作の基本的構成要素に重大な影響を及ぼさない軽微な変更は、この限りではありません。
要旨として短くまとめています。生成AIの不使用も、組替えにあたって独立の条(第6条)にしました(漫画制作と生成AI)。
著作者人格権については、原作者は映像作品に関して行使しないとする一方、原作の趣旨を著しく損なう改変や、原作者の名誉・声望を著しく毀損する行為には、合理的な範囲で意見を申し入れられる、と定めました。事前の承諾が必要な改変と、事後の意見の申入れの二段で、原作者の関与を確保する設計です。
著作者人格権は譲渡できない一身専属の権利なので(著作権法59条)、映像化の契約でも「権利を移す」ことはできず、「行使しない」という合意の形になります。不行使の合意は、合意の範囲で行使を差し控える約束にとどまるため、範囲を広く取りすぎると原作者の側の抵抗が大きくなり、狭すぎると制作が止まります。事前の承諾が必要な改変を具体的に列挙し、それ以外は不行使としつつ、著しい改変には意見の申入れの経路を残す、という組み合わせは、この両方の要請の間で線を引いたものです。
クレジットと宣伝用の短縮版
原作者には、二次的著作物の公衆への提供・提示に際して、原著作物の著作者名を表示する権利があります(著作権法19条1項後段)。買切り型の当初版の第7条では、オープニング・エンディング、パッケージや販促物、配信プラットフォームの作品情報欄に「原作:〇〇」と表記し、公式サイトやSNSでは原作者の公式アカウントへのリンクに努める、としました。
| 場面 | 扱い |
|---|---|
| 映像作品のOP・ED | 「原作:〇〇」と表記する |
| パッケージ・販促物 | 同じく原作を表記する |
| 配信プラットフォームの作品情報欄 | 同じく原作を表記する |
| 公式サイト・SNS | 原作者の公式アカウントなどへのリンクの掲載に努める |
| 短尺の広告映像・サムネイル画像 | 技術的・制作上の制約で合理的に表記できない場合は省略できる |
| 原作者が書面で事前に免除した場合 | 省略できる |
| 表記を怠った場合 | 原作者が合理的な期間を定めて是正を求め、期間内に是正されなければ解除できる |
売上分配型への組替えでは、映像作品の中と販促物での原作クレジット、公式サイト・SNSでのリンクの掲載の努力義務、と簡潔にしました。
許諾された範囲を超えて映像作品を翻案・改変・再編集することはできませんが、適法な宣伝・広告の目的に限っては、軽微な編集や短縮版の制作ができる、としました。クレジットを怠ったときも、いきなり解除するのではなく、是正の機会を挟む手順にしています。宣伝のための短い動画ほど表記が抜けやすいので、省略できる場合とできない場合を条文で分けておく意味があります。
再許諾・独占・原作者が著作権を譲った場合
利用権(許諾を受けて利用する権利)は、著作権者の承諾を得ない限り譲渡できません(著作権法63条3項)。再許諾(サブライセンス)については著作権法に直接の定めがなく、許諾を受けた者は許諾された利用方法と条件の範囲内でしか利用できない(同条2項)ため、再許諾の可否と条件は契約で決めることになります。そこで契約では、制作会社が第三者に再許諾するときは、相手方の名称・目的・範囲・対価その他の条件を書いた書面を出し、原作者の書面の同意を得る、としました。原作者は合理的な理由がなければ拒めませんが、相手方の信用性や目的・範囲に合理的な懸念があれば拒めます。配信プラットフォームや海外の販売代理店への再許諾が想定される映像化では、申入れに書く事項を条文で決めておくことで、原作者が判断に必要な情報を受け取れるようにしています。
独占の範囲は、原作者が本原作を「同一又は類似の用途」で第三者に許諾できない、という形で画しました。原作者から見ると、同じ漫画を別の会社がボイスコミック化する話が来ても受けられない一方、小説化など別の用途は直ちには制限されません。
原作者が原作の著作権を第三者に譲渡した場合について、説明資料では、許諾を受けた利用権は著作権を取得した者その他の第三者に対抗できる(著作権法63条の2)ため、制作会社は許諾された範囲で映像作品の利用を続けられる、と説明しました。そのうえで、分配金の支払義務は契約上の債務であり、著作権の譲受人に当然には引き継がれないため、原作者の地位の承継について通知と協議の条項を置くことが望ましい、としました。
利用は続けられても、分配金を誰に払うか、契約上の地位を誰が引き継ぐかは別の問題として残ります。
第三者が原作や映像作品を無断で使った場合の対応は、原作者と制作会社が互いに協議して適切な法的措置をとる、どちらかが単独で措置をとるときは事前に書面で通知して協力を求めることができる、という形にしました。出版社との基本契約のように一方に第一次的な対応の義務を負わせるのではなく、協議を原則にしたものです。同じ作品について出版契約・映像化の許諾・海外翻訳のライセンスが併存すると、誰が動くのかが契約ごとに違うことになるので、比較は出版社との基本契約の表を参照してください。
許諾の範囲と、対価を決めていない利用
売上分配型では、許諾の範囲に「有償又は無償で」配信・販売することを入れました。ヒヤリングシートでは、冒頭の無料パート・体験版・試聴版のようなプロモーション目的の無償公開は売上が発生しないので分配の対象外とする理解でよいか、YouTubeなどで広告収益を伴う無料公開をする場合は、①実施しない、②別途協議する、③分配の対象に含める、のどれにするかを確認しました。広告収益は販売の売上とは別の収益の形なので、決めずにおくと、無料公開の広告収益は分配の対象かどうかで争いになります。
ストリーミング・放送・グッズの収益や、パッケージ販売への転用料は「別途協議」としました。そのうえで、協議が整って書面(電子メールを含みます)で合意するまでは、その利用を行わない、という整理でよいかをヒヤリングシートで確認しています。許諾の範囲には入っていても、対価が決まらないまま利用だけが先に進む状態を避けるための確認です。許諾の範囲(何ができるか)、分配の範囲(何に払うか)、対価が未定の範囲(合意するまで使わないもの)の三つを分けて書くと、原作者にとっても制作会社にとっても見通しがよくなります。
対価・追加の描き下ろし・支払が遅れたとき
買切り型の当初版の対価は、1ページ当たりの単価に利用するページ数を掛けた額を、契約締結時に一括で払う形でした(第8条1項)。加筆・修正・レイヤー分け・描き下ろしなどが必要なときは、内容・範囲・納期・追加の使用料を書いた見積書で原作者の事前の承諾を得る、としています(同条2項)。
完成済みの漫画の利用許諾そのものは「作成の委託」ではないため、フリーランス法の情報成果物の作成の委託には当たりません。他方、追加の描き下ろしの発注は、新たな情報成果物の作成の委託に当たりえます。業務委託事業者は、従業員を使用しない個人などの特定受託事業者に業務委託をしたときは、直ちに給付の内容・報酬の額・支払期日などを、書面かメールなどの電磁的方法で示す義務を負います(フリーランス法3条1項)。発注する制作会社が従業員を使用する、又は二以上の役員がいる法人であれば、受領日から60日以内の支払期日の定め(同法4条1項)もかかります。4条の支払期日の定めは、発注する制作会社が代表者1名だけで従業員もいない法人であれば法令上当然にはかからないため、従業員の構成を確認するよう案内し、いずれにしても契約上の合意として60日以内の支払を明記しました(3条の明示義務は、発注者の従業員の有無にかかわらずかかります)。追加作業の設計は原作使用料の売上分配でも扱います。
支払が遅れた場合については、買切り型で段階を定めました。支払期日を過ぎたら遅延損害金(年14.6%・日割)、30日以上の遅延が続いたら書面で催告、催告の日から14日以内に支払われなければ解除、解除したら配信・販売の停止、という流れです。原作者の側から見ると、未払いのまま配信が続く事態を止める道筋が、条文で示されていることになります。
ヒヤリングで確かめること 映像化の許諾の契約を作る前に確かめたこと
この契約書は特定の原作者1名との締結に使いますか、今後複数の原作者との締結に使う雛形にしますか。
雛形にするなら、原作者の欄と作品の欄を記入式で残します。
相手方の原作者は個人ですか、法人ですか。
フリーランス法の明示義務や支払期日の整理が変わります。
1通の契約で1作品を扱いますか、同じ原作者の複数の作品をまとめますか。
まとめる場合は、売上や分配を作品ごとに区分して計算する定めが必要です。
原作者は活動名で活動していますか。
契約当事者の特定(本名・住所)と、作品のクレジット(活動名)を分けて書く必要があります。
Q1〜Q3は、売上分配型への組替えのヒヤリングシートで確認した項目です。Q4は、契約書案の当事者の表示に反映しました。
売上分配型の契約書案では、原作者の欄を「活動名__こと本名__」とし、署名欄に本名と活動名を並べました。支払・源泉徴収・支払調書には本名と住所が必要になる一方、クレジットは活動名で行うためです。原作者から取得する氏名・住所・振込先口座・支払調書の作成に必要な情報は、分配金の支払・通知・契約管理の目的の範囲内でだけ使う、と約束する条も置きました(制作体制の組み方)。秘密保持の存続期間は、買切り型の修正版で「契約終了日から5年間」と定め、当事者が別途合意した条件を別紙に記載して契約の一部とする条も新設しています。
依頼者からは、契約満了後も制作物を使い続けたいというご希望もありました。原作の著作権は契約の終了で移転も消滅もしないため、説明資料では、著作権の移転ではなく、「完成済みの映像作品に限り、満了後も無償・無期限で販売を続けられる」という利用許諾の形で実現すると説明しました。終了時の書き分けは連載終了・打切りと契約終了で扱います。
よくあるご質問
ボイスコミックを作るのに、漫画の著作権を買い取る必要はありますか?
必要ではありません。原作の利用許諾(ライセンス)で足ります。映像作品は原作を原著作物とする二次的著作物になり、その著作権は制作会社に生じますが、原作者の権利は残ります。
声優のアドリブや効果音の追加も、原作者の承諾が必要ですか?
契約で決めておくべき事項です。事務所が作成した契約では、演出・カットの追加・効果音やアドリブの追加を事前の確認と書面の承諾の対象とし、基本的構成要素に影響しない軽微な変更だけを除きました。
原作者のクレジットは必ず入れなければなりませんか?
原作者には、二次的著作物の提供に際して原著作物の著作者名を表示する権利があります(著作権法19条1項後段)。契約では、表記する場所と、短尺の広告など技術的に表記できない場合の扱いを決めておきます。
原作者が著作権を他の人に譲ってしまったら、映像の販売を続けられますか?
許諾された範囲での利用は、著作権を取得した第三者にも対抗できます(著作権法63条の2)。ただし分配金の支払先などは契約上の問題として残るため、原作者の地位の承継について通知と協議の条項を置いておきます。
追加の描き下ろしを原作者にお願いするときの注意点は?
原作の利用許諾とは別の「制作の委託」になります。内容・対価・納期を書面で示して承諾を得る形にし、相手が従業員を使用しない個人や、代表者1名だけで従業員もいない法人(特定受託事業者)の場合はフリーランス法の明示義務に対応します。発注側が従業員を使用する事業者や二以上の役員がいる法人なら、受領日から60日以内の支払期日の定めもかかります。
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