このページの要点
- 基本契約は5つのまとまりに分け、気になる条と同じ効果を持つ別の条がないかを先に探す。
- 装丁などの体裁を決める権限は枠組みの決定で、表紙の中身を作り替える権限まで当然には含まない。別の発注なら個別契約が優先する。
- 出版権者には、別段の定めがない限り原稿の受領から6か月以内の出版の義務と継続出版の義務がある(著作権法81条)。
- 料率の協議の場で、ネームの定義・別途協議の目安・改変の事前協議・異議の期間・賠償の上限・更新期限をあわせて扱う。
結論:基本契約は「漫画に固有の3か所」から読む
出版社のレーベルや商業誌で描くとき、漫画家は、漫画の制作委託と出版をまとめて定める基本契約に署名し、作品ごと・話数ごとの条件は個別契約(発注書)で決める、という二段の形をとることが多くあります。基本契約とは、継続して取引する相手との共通のルールを先にまとめておく契約のことで、個別契約とは、そのルールの上で一回ごとの仕事の中身(ページ数、納期、対価など)を決める契約のことです。
アトラス行政書士法人が漫画家の側からレビューした、出版社作成の基本契約では、暴力団排除条項・完全合意条項・合意管轄といった一般条項は過不足なく整っていました。弱点はむしろ、漫画の取引に固有の部分に集まっていました。報告書の総合評価は「標準的な骨格を備えているが、漫画家の側から見ると構造的な弱点が3つある」というもので、その3つは次のとおりです。
- 改変の権限:出版社が作品を変更できる範囲を画する「必要最小限」「必要な範囲」という言葉が複数の条に散らばり、判断の基準も、改変の前に漫画家へ相談する手続も書かれていない(改変と同一性保持権)。
- 対価:商品化・海外出版・オリジナル作品の使用料率が「別途協議」ばかりで、基本契約の上での最低保証がない(印税・使用料と海外翻訳)。
- 責任:作品に起因する第三者との紛争について、漫画家の損害賠償責任に上限がない。
出版社の雛形を受け取ったとき、一般条項の体裁が整っていることは安心材料になりません。読むべきなのは、改変・対価・責任という漫画の取引に固有の3か所です。
条文を5つのまとまりに分けて読む
報告書では、条文を頭から一つずつ読むのではなく、まず全体を役割ごとのまとまりに分けました。一つの条文だけを読むと見落とす「同じ効果を持つ別の条文」を見つけるためです。
| まとまり | 主な条 | 中身 |
|---|---|---|
| 制作委託・納品 | 第1条・第3条・第9条・第10条 | ページ数・発行形態・装丁などの体裁・書名や作品名などの「委託条件」は出版社が決め、漫画家はそれに従う。個別契約が基本契約と抵触するときは個別契約が優先する |
| 権利許諾・改変権限 | 第2条・第4条・第7条・第11条・第12条・第17条 | 出版社への独占的な許諾、出版権の自動設定、漫画家の同意なく出版社が改変できる場面 |
| 独占的使用・侵害対応 | 第5条・第6条・第8条 | 漫画家自身による二次利用の制限、第三者の無断利用への対応 |
| 対価・報告 | 第13条〜第16条・別紙1 | 定価・造本の決定権、著作権使用料率、支払時期、使用料の報告と異議 |
| 存続・終了・一般条項 | 第18条〜第31条 | 契約期間(3年と自動更新)、解除、終了後の頒布、機密保持など |
ご質問の中心だった改変の条(第11条)は「権利許諾・改変権限」のまとまりに属し、同じまとまりの第2条が別の経路で改変を認めていました。
このように、気になる条文があるときは、まずその条文が属するまとまりを特定し、同じまとまりの中に同じ効果を持つ条文がないかを先に探します。レビューした契約では、第11条だけを読めば改変は必要最小限の範囲に限られているように見えても、第2条2項の改変版の作成の定めが別の根拠として並んでいたため、改変の根拠が二重に存在する状態でした。
「委託条件はすべて出版社が決める」と個別契約優先の関係
基本契約の第1条2項は、各作品のページ数・発行形態・装丁などの体裁・書名や作品名といった委託条件を出版社が決め、漫画家はその決定に従う、という趣旨の条文でした。漫画家の側からは、この一文で何でも決められてしまうように読めます。
報告書の整理は次のとおりです。装丁などの体裁を決める権限は、判型・紙質・レイアウトの大枠といった枠組みを決める権限であって、漫画家が描いた表紙イラストの中身(構図や表現)を作り替える権限まで当然に含むものではありません。さらに、表紙イラストが本編とは別の個別契約で発注されていたなら、個別契約が優先するという同じ条の後段により、その発注書の記載が先に効いてきます。
同じ条で、書名・作品名も出版社の決定事項とされていました。連載時のタイトルと単行本・電子版のタイトルが変わることは漫画では珍しくありませんが、題号(作品のタイトル)も同一性保持権の対象です。著作権法20条1項は、著作者が「その著作物及びその題号の同一性を保持する権利」を持つと定めています。基本契約の段階で、書名を決める際に漫画家の意見を聴く手続があるかを確かめておくことが大切です。
ヒヤリングで確かめること 基本契約を見直す前に手元にそろえるもの
基本契約のほかに、作品ごと・話数ごとの発注書や個別契約の控えはありますか。
個別契約が基本契約に優先する契約では、表紙・カラー扉・特典イラストがどの発注に含まれていたかで結論が変わります。メールのやり取りで済ませた発注も、日付と内容が分かる形で保存しておきます。
ラフ・確定稿・刷り見本と、そのときのやり取りは残っていますか。
改変があったかどうか、どの段階で変わったかは、契約書面だけでは分かりません。資料があれば、仮定を置かずに事実に即して判断できます。
出版社から変更の理由の説明を受けましたか。
印刷・製本上の理由があったのか、デザインや営業上の判断だったのかで、改変の評価が変わります。
契約の満了日と、更新を止める通知の期限はいつですか。
条件を見直したいときに、自動更新の期限を過ぎていると交渉の機会が1年先になります。
レビューした件でも、改変の具体的な態様、表紙の発注上の位置づけ、出版社の説明の有無の3点は契約書面からは確認できず、結論を左右しうる事実として留保したうえで検討しました。
出版権の自動設定と、出版社の出版義務
レビューした契約は、個別の作品が納品されるたびに出版社のために出版権が設定される、という定め方でした。出版権とは、著作権を持つ人(複製権等保有者)が、出版や電子配信を引き受ける者に設定する権利で(著作権法79条1項)、出版権者は設定行為で定めるところにより、原作のまま印刷などで複製する権利(電子的な記録として複製する権利を含みます)と、電子的に記録した複製物を使って公衆送信する権利の全部又は一部を専有します(同法80条1項)。紙の単行本と電子配信の両方を一つの出版社が独占する契約が多いのは、この仕組みによるものです。
出版権を持つ出版社には、法律上の義務もあります。設定行為に別段の定めがない限り、原稿の引渡し(電磁的記録の提供を含みます)を受けた日から6か月以内に出版や公衆送信を行う義務と、慣行に従い継続して行う義務です(同法81条)。6か月以内の義務に違反したときは通知によって、継続の義務に違反したときは3か月以上の期間を定めて催告してもなお履行がないときに通知によって、著作権者の側から出版権を消滅させることができます(同法84条1項・2項)。もっとも、契約で別段の定めを置くことは認められているので、自分の契約にこの義務を外したり変えたりする条項がないかを確認します。
出版権者が他人に複製や公衆送信を許諾するには、複製権等保有者の承諾が必要です(著作権法80条3項)。基本契約にこの承諾があらかじめ組み込まれていないかも確認します。
報告書の指摘の重みづけと、そのまま残した条項
報告書は指摘事項を4段階に分けました。Sは改訂交渉で優先的に取り上げるべき事項、Aは対価を中心に構造的な弱点がある事項、Bは運用上の負担に関する事項で契約を変えなくても運用で手当てできるもの、Cは今後の実務で意識しておくべき事項です。
| 条 | 内容 | 評価 | 手当て |
|---|---|---|---|
| 第1条6項 | 出版社の定めた条件又は出版社が合理的に求める内容・体裁・品質基準をすべて満たすまで、納入が完了したとみなされない | A | 基準の解釈と、改善要求から完了までの手続・期限を具体化できないか交渉で確認する(納品・リテイク・検収) |
| 第8条2項 | 作品に起因する第三者との紛争で、漫画家の賠償責任に上限がない | A | 故意・重大な過失がない場合の上限(直近の一定期間に受け取った使用料相当額など)の新設を求める |
| 第8条3項 | 第三者の無断利用を見つけたら漫画家がまず差止め等の措置をとる。発見から2か月以内に措置をとらないと出版社が自己名義で対応できる | B | 発見したときの窓口と報告の書式を、出版社とあらかじめ決めておく |
| 第16条 | 使用料の報告書を受け取ってから2週間以内に書面で異議を出さないと承認したとみなされる | B | 受領時に確認の日程を確保する。延伸は改訂時の交渉事項 |
| 第21条・第22条 | 原期間3年、満了の6か月前までに通知しなければ1年ずつ自動更新 | B | 更新の期限をカレンダー等で管理する |
| 第20条1項 | 手形の不渡り・差押え・破産の申立て・解散などの解除事由 | C | 文言上は双方向で一般的な条項。個人の方が該当しやすいことを認識しておく(是正提案はしない) |
機密保持違反の損害賠償(第24条)にも上限はありませんでした。
第20条1項の解除事由は、個人の漫画家の方が該当しやすいという実質的な違いはあっても、契約類型として一般的な条項で、直ちに不当とはいえません。報告書は、この条については是正の提案までは要しないとしました。受注側のレビューでも、すべての条項に修正を求めるのではなく、交渉の材料を絞ることが、継続して取引する相手との関係では現実的です。
第8条については、責任の切り分けがされている部分もありました。同条1項ただし書により、原作小説そのものに起因する問題については漫画家は保証の責任を負わない、とされていたのです。原作付き作品での責任の切り分けは原作者と作画者の権利関係で詳しく扱います。
定価・造本・発行部数を決めるのが出版社である以上、漫画家が使用料の正しさを確かめる手段は、出版社から交付される使用料の報告書と、それへの異議にほぼ限られます。報告書が異議の期間(2週間)の短さを取り上げ、延伸を交渉事項に入れたのは、この確認の手段が実際に使えるかどうかに関わるためです。
無断利用を見つけたとき、誰が動くのか
第8条3項は、第三者の無断利用への対応を漫画家の第一次的な負担としていました。個人の漫画家が、発見から2か月の間に法的措置の要否を判断し、実行まで進めるのは負担が大きいものです。報告書は、条項を変えられない場合でも、発見したときの窓口と報告の書式を出版社とあらかじめ決めておけば、期限を過ぎて主導権が移る事態を避けやすくなる、という運用での手当てを示しました。
同じ作品について、出版契約のほかに映像化の許諾や海外翻訳のライセンスが併存すると、無断利用への対応の仕組みが契約ごとに違うことになります。事務所が扱った3つの契約を並べると、次のようになっていました。
| 契約 | 対応の主体 | 手順 |
|---|---|---|
| 出版社との基本契約 | 漫画家が第一次的に対応する義務を負う | 発見から2か月以内に措置をとらないと、出版社が自己名義で対応できる |
| 漫画を原作とする映像化の許諾 | 原作者と制作会社が協議する | 協議のうえ適切な法的措置をとる。単独で措置をとるときは事前に書面で通知し、協力を求められる |
| 海外の翻訳配信のライセンス | 原著作者が判断する | ライセンシーは知った事実を速やかに書面で通知し、措置の要否と対応は原著作者が決める |
無断転載を見つけたら、まず「この利用はどの契約の範囲の話か」を特定し、その契約が定める主体と期限に沿って動きます。
独占的な許諾の範囲にも注意が要ります。レビューした基本契約は、出版社に世界での独占的な出版・翻訳の権利を与えていました。この状態で、別に海外の事業者から翻訳配信のライセンスの話が来て独占的なライセンスを出すと、海外の契約で求められる「第三者の権利を侵害しない」という表明保証に反するおそれがあります。海外翻訳を検討するときは、まず既存の出版契約で翻訳・海外配信の権利が誰にあるかを確認します(印税・使用料と海外翻訳)。
料率の見直しの場で、あわせて求める6つの事項
このレビューは、継続して取引している出版社との間で印税率の見直しの協議が始まり、契約書自体が改訂される可能性が出たことを機に、契約全体の有利・不利を確かめるために行ったものです。料率の協議が始まった時期は、契約書全体の見直しを求めやすい時期です。
事務所の書類での扱い 料率の協議にあわせた交渉事項の整理
「ネーム有り」の区分
理由料率の差は使用料の根幹に関わる区分で、基準のあいまいさがそのまま収入の不確実性になるため。
別途協議の事項
理由交渉力に差がある当事者の間では、協議が発注者側の提示額を追認するだけになりやすいため。
作品の顔の改変
理由範囲の限定だけでは、改変の前に相談を受けられる保証にならないため。
異議申立ての期間
理由発行部数や海外の使用料の確認には時間がかかるため。
賠償の上限
理由利用範囲が世界・全媒体に及ぶほど、万一の損害額も大きくなるため。
更新の期限
理由期限を過ぎると、見直しの機会が1年先になるため。
改訂条文の起案は報告書には含めず、交渉の論点の整理にとどめました。報告書では今後の進め方として、①まず分析を確認して交渉で優先する論点を決める、②希望があれば改訂条文(改変の手続の明確化、使用料の条項の整備など)を起案する、③交渉の結果で契約内容が変わったら、変更後の契約書も改めて確認する、の3段階を示しました。
あわせて、継続して取引する相手との交渉では、過去の出来事を「法的責任の追及」として持ち出すより、「今後の行き違いを防ぐための手続の整備」として提案する方が受け入れられやすい、という点も添えています。
改訂の交渉で契約書の文言が変わったときは、変更後の契約書全体を改めて確認することも欠かせません。料率の条を直す過程で別紙の番号や参照する条がずれたり、新しく入った条項が既存の条項と重なったりすることがあるからです。報告書でも、交渉の結果で契約内容が変わったら変更後の契約書も確認する、という段階を進め方の最後に置きました。
支払の起算点と、フリーランス法の受領日
第1条6項(品質基準を満たすまで納入完了とみなさない)が報告書でAランクに置かれたのは、別紙1の支払の起算点である「納品」の時期を、事実上出版社が動かせる条項だからです。基準の客観性も、完了までの期限も書かれていませんでした。
フリーランス法(正式名称は特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)では、従業員を使用しない個人などが「特定受託事業者」(同法2条1項)、従業員を使用する事業者や二以上の役員がいる法人が「特定業務委託事業者」(同条6項)と定義されています。特定業務委託事業者が特定受託事業者に業務を委託した場合、報酬の支払期日は、給付の内容を検査するかどうかに関係なく、給付を受け取った日から数えて60日以内の、できるだけ短い期間で定める必要があります(同法4条1項)。従業員を使用しない個人の漫画家が出版社から漫画の制作を委託される取引がこれに当たる場合、契約上の「納入完了」が遅れても、法律上の起算点は原稿を受け取った日になると考えられます。リテイクと支払の関係は納品・リテイク・検収で詳しく扱います。
よくあるご質問
出版社の基本契約書に、個人の漫画家が修正を求めてもよいのですか?
求めて構いません。料率の見直しなど契約条件の協議が始まった時期は、契約書全体の見直しを求めやすい時期です。過去の出来事を責任追及として持ち出すより、今後の行き違いを防ぐ手続の整備として提案する方が受け入れられやすくなります。
出版権が「自動的に設定される」とはどういう意味ですか?
基本契約の中で、作品が納品されるたびに出版社のために出版権が設定される定め方です。出版権者には、設定行為に別段の定めがない限り、原稿の受領から6か月以内の出版の義務と継続して出版する義務があります(著作権法81条)。契約でこれを変えていないか確認します。
損害賠償の上限がない契約は、そのまま署名するしかありませんか?
故意・重大な過失がない場合に限って上限を置く(直近の一定期間に受け取った使用料相当額など)という定め方があり、交渉事項として挙げられます。原作付き作品では、原作に起因する問題を保証の対象から外す切り分けがあるかも確認します。
基本契約と発注書の内容が違うときは、どちらが優先しますか?
契約書の定めによります。レビューした契約は個別契約が優先する定めでした。表紙など本編と別に発注されたものは、その発注書の記載を確認します。
出版社が単行本をなかなか出さないときはどうなりますか?
出版権が設定されている場合、出版権者には原則として原稿の受領から6か月以内に出版する義務があり、違反すると著作権者は通知によって出版権を消滅させられます(著作権法84条1項)。ただし契約で別段の定めをしている場合はその定めによります。
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