このページの要点
- ネームの定義と「ネーム有り」と扱う基準を明記するよう求める。
- 商品化・海外出版・オリジナル作品が「別途協議」なら、最低保証の料率か協議の目安を書く。
- 報告書の異議の期間が短いなら、受領時に確認の日程を確保し、疑問は期間内に書面で出す。
- 翻訳ライセンスでは、卸売価格か小売価格か、翻訳版の権利の帰属、終了後の扱いを確認する。
結論:料率の数字より先に「区分の基準」と「何に対する割合か」を確かめる
漫画家の収入は、原稿料に当たる部分と、出版・電子配信の部数や売上に応じた著作権使用料(いわゆる印税)に分かれることが多くあります。契約書を受け取ると料率の数字に目が行きがちですが、事務所がレビューした契約では、数字そのものより、①どの区分の料率が適用されるかを決める基準、②その割合が何に対する割合なのか、③報告をどう確かめるか、の3点が収入を左右していました。
このページでは、出版社作成の基本契約の使用料の部分と、海外の翻訳配信事業者が日本の漫画の原著作者と結ぶライセンス契約(外国法に基づく英文が正本で、事務所は日本語の参考訳を作成)を素材に、漫画の対価の条項の読み方を整理します。料率の具体的な値は、相手方の契約条件そのものなので伏せています。
料率表の3つの軸と「ネーム有り」の区分
レビューした基本契約の別紙1は、料率を3つの軸で区分していました。
| 軸 | 区分 | 受注側から見た注意点 |
|---|---|---|
| 作品の種類 | 原作付き作品/オリジナル作品 | オリジナル作品の料率は「別途協議」とされ、契約上の出発点がない |
| 媒体 | 電子版/紙版 | 媒体ごとに料率が違う。同じ作品でも、どちらで売れたかで収入が変わる |
| ネームの提供 | 発注者側がネームを提供した場合(ネーム有り)/しない場合 | ネーム有りの場合、原作付き作品の料率が電子版・紙版とも大幅に下がるのに、ネームの定義も認定の基準もない |
媒体の軸については、出版権の内容とあわせて読むと意味がはっきりします。出版権は、紙の複製の権利(電子的な記録として複製する権利を含みます)と、電子的に記録した複製物を使って公衆送信する権利の全部又は一部を内容とし(著作権法80条1項)、一つの出版社が紙と電子の両方を押さえる契約が多くあります。紙の部数が減り電子の売上が伸びるほど、電子版の料率が収入の中心になります。料率の見直しの交渉では、電子版の料率を独立に取り上げる意味があります。
ネームとは、コマ割り・構図・台詞の配置などを決める漫画の設計図のような下描きのことです。報告書はこの区分をAランク(対価の面で構造的な弱点がある事項)に置きました。料率の差は使用料の根幹に関わる区分で、誰がどこまで関与すれば「ネーム有り」と扱われるのかが書かれていない以上、基準のあいまいさがそのまま収入の不確実性になるからです。編集者がラフに手を入れただけで「ネーム有り」と言われるのか、コマ割りまで出版社側が作った場合に限るのか、契約からは読み取れませんでした。
報告書は、この問題を単独で扱うのではなく、表紙や構図という表現についての裁量が出版社寄りに運用されている実情と考え合わせ、構図への関与の程度を理由に低い区分を主張されるおそれとして評価しました。改変の問題(改変と同一性保持権)と対価の問題を、「構図を誰が決めるのか」という同じ論点でつないで交渉の材料にしたものです。
事務所の書類での扱い 料率の区分と別途協議の事項
「ネーム」の定義
理由区分の基準が決まっていないと、適用される料率を相手方の判断で決められてしまうため。
オリジナル作品の料率
理由原作付き作品で取引を始めた漫画家が、同じ出版社でオリジナル作品を描くときの出発点がないため。
商品化・海外出版の料率
理由合意に委ねること自体は違法ではないが、交渉力に差がある当事者間では、協議が発注者側の提示額を追認するだけになりやすいため。
商品化やアニメ化の話は、作品が売れてから突然出てきます。そのときに料率を協議しようとしても、基準がなければ相手方の提示額で決まりがちです。基本契約の改訂の機会に、少なくとも協議の出発点を書いておく意味はそこにあります。
オリジナル作品の料率が「別途協議」であることは、原作付き作品から取引を始めた漫画家にとって特に重要です。原作付き作品では料率が別紙で決まっているのに、自分で企画した作品に移ったとたんに契約上の基準がなくなるからです。報告書は、商品化・海外出版とあわせて、オリジナル作品についても最低保証の料率か協議の目安を明記するよう提案しました。基本契約を結ぶ段階で、将来オリジナル作品を描く可能性があるなら、その料率がどこに書かれているか(書かれていないか)を確かめておきます。
使用料の報告と異議の期間、支払時期
定価・造本・発行部数は出版社が決めます。漫画家が使用料の正しさを確かめる手段は、出版社から交付される報告書と、それに対する異議に限られます。レビューした契約の第16条は、報告書の交付日から2週間以内に書面で異議を出さないと、内容を承認したものとみなす、と定めていました。
発行部数や海外の使用料の確認には時間がかかり、締切と重なれば2週間はすぐに過ぎます。報告書はこれをBランク(運用上の負担に関する事項)とし、延伸を改訂時の交渉事項に挙げるとともに、当面は報告書を受け取ったらすぐに確認の日程を確保するという運用での手当てを示しました。疑問があれば、期間内に書面で申し出ておくことが大切です。
原稿料に相当する部分の支払は、第15条で納品月の翌月末日などとされていました。報告書はCランクとして、フリーランス法4条の「給付を受領した日から起算して60日の期間内」との関係を念のため整理しておくべきだとしました。同法4条1項は、従業員を使用する事業者や二以上の役員がいる法人(特定業務委託事業者)が従業員を使用しない個人など(特定受託事業者)に委託する場合に、検査をするかどうかを問わず受領日から起算するとしています。第1条6項の「品質基準を満たすまで納入完了とみなさない」という条項と組み合わさると、契約上の「納品」と法律上の「受領」がずれる可能性があります(納品・リテイク・検収)。
税金の面では、所得税法204条1項1号が、原稿・さし絵・デザインの報酬や著作権の使用料を、支払う側が所得税を源泉徴収して納付すべきものとして挙げています。出版社から受け取る原稿料や使用料の明細で、源泉徴収された額がどう表示されているかも、報告書と合わせて確認しておきます。
使用料の報告書を受け取ったときの流れ(異議の期間が短い契約の場合)
- 受け取った日を記録する異議の期間は報告書の交付日から数えるため、受け取った日をまず記録し、期間の末日を予定表に入れます。
- 区分と料率を確かめる電子版・紙版、原作付き・オリジナル、ネームの有無のどの区分で計算されているかを確認します。区分の判断に疑問があれば、ここで拾います。
- 部数・売上の根拠を照らし合わせる出版社の公表している情報や、手元の発注書・刊行の記録と照らし合わせます。
- 疑問は期間内に書面で出す結論が出なくても、期間内に「この点を確認したい」と書面(メールを含みます)で申し出ておけば、承認したとみなされることを避けられます。
海外の翻訳配信ライセンス:許諾の範囲を先に読む
海外の翻訳配信事業者から、英文のライセンス契約が届くことがあります。事務所が日本語訳を作成した契約は、外国法に基づく英語版が正式な契約書で、日本語訳は参考のための翻訳として法的な効力を持たず、相違があれば英語版が優先する、と当事者が確認する形でした。日本語訳は署名の前に内容を把握するための資料であり、交渉や解釈の根拠は英文になります。
原著作者の立場で訳文を読むと、料率と同じくらい重要なのが許諾の範囲です。その契約では、日本を除く全世界・全媒体での独占的かつ取消不能なライセンスとされ、再許諾(サブライセンス)の権利も含まれていました。さらに、ライセンスは翻訳成果物の作成・制作に関与する者(第三者契約者)にも付与され、ライセンシーは翻訳成果物を作る目的に限り、原著作者の事前の承諾なく、第三者契約者に原作を使わせることができる設計でした。自分の原稿データが誰の手に渡るのかを個別に承諾する機会がないため、翻訳者の秘密保持や原稿データの管理をライセンシーがどう担保するのかを確認しておく必要があります。
日本の著作権法では、許諾を受けて利用する権利(利用権)の譲渡には著作権者の承諾が要り(著作権法63条3項)、再許諾ができるかどうかも許諾の範囲(同条2項)として契約で決まります。この契約は、再許諾の権利をあらかじめ許諾する形をとっていました。また、日本の出版社と海外での翻訳出版まで含む独占的な許諾の契約を結んでいる作品では、別に海外の事業者へ独占的なライセンスを出すと、原著作者が負う「第三者の権利を侵害しない」という表明保証に反するおそれがあります。まず既存の出版契約で、翻訳・海外配信の権利が誰にあるかを確かめます(出版社との基本契約)。
ロイヤルティの基準価格・報告・為替
訳文の定義では、「純売上」はライセンシーが実際に受領した翻訳成果物の売上の総額、「ロイヤルティ」は各翻訳成果物の卸売価格に一定の割合を掛けた報酬とされていました。別紙でも「基準は卸売価格であり、小売価格ではない」ことを当事者が確認する一文が置かれています。純売上という言葉が定義されていても、ロイヤルティの計算には使われていないのです。割合の数字を見る前に、何に対する割合かを確認する必要があります。
| 項目 | 定め | 確認すること |
|---|---|---|
| 基準価格 | 各翻訳成果物の卸売価格(小売価格ではない) | 卸売価格を誰がどう決めるか |
| 報告 | 暦月末の翌日から10日以内に、作品名・販売部数・卸売単価・ロイヤルティ額・合計・報告期間を記載した書式で報告 | 書式が別紙で決まっているか |
| 通貨と為替 | 外国通貨建て。他の通貨からの換算は、その月の最終営業日の現地の中央銀行の為替レート | 為替の変動は原著作者が負担することになる |
| 最低支払額 | 一定額に満たない月がある | 満たない月の分を繰り越すのか(訳文上は繰越しの明文が見当たらず、原文で確認) |
| 寄付による翻訳 | 未翻訳の作品にユーザーが寄付し、目標額に達したら翻訳して寄付者に無償で提供。無償提供も販売とみなして卸売価格を基準に支払う。卸売価格を超えた寄付の部分は対象外。参加は著者ごとに任意 | 参加するかどうかを自分で選べるか |
責任の面では、補償義務を除き、ライセンシーの賠償責任は直近12か月に支払われたロイヤルティの総額が上限とされる一方、原著作者は、ライセンス対象物の使用が第三者の権利を侵害しないことを表明保証し、違反に起因する第三者の請求について補償する(防御や和解は原著作者が自己の費用で遂行できる)という定めでした。また、機密情報の保持義務(契約終了後5年)に加えて、契約条件そのものの開示も原則として禁止され、必要な専門家を除く第三者への開示が制限されていました。ロイヤルティの率などを他の作家と共有して相場を確かめることが、契約上できなくなる点に注意が要ります。
翻訳版の権利は誰のものか、自分で売れるか
日本法でいえば、翻訳は二次的著作物の作成に当たります。二次的著作物とは、著作物を翻訳し、編曲し、変形し、脚色し、映画化し、その他翻案することにより創作した著作物で(著作権法2条1項11号)、原著作者は、その利用について二次的著作物の著作者と同じ種類の権利を専有します(同法28条)。
ところが訳文の契約では、翻訳成果物に関する著作権等はライセンシーに帰属し、原著作者が何らかの権利を取得してもそれを譲渡し、著作者人格権も適用される法律の範囲で放棄する、と定めていました。さらに、契約終了後もライセンシーは翻訳成果物を独占地域で商業的に利用できるとされていました。原著作者にとっては「契約が終わっても翻訳版は相手のもの」という意味を持ちます。準拠法と管轄が外国である点とあわせ、署名の前に理解しておくべき箇所です。終了時の扱いは連載終了・打切りと契約終了でも触れます。
原著作者自身の販売については、翻訳成果物の公表から1か月は使用・販売しない「完全独占期間」があり、その後は日本国内の顧客に日本の配信サイトを通じてだけ販売できる、という定めでした。そのときの費用と利益はすべて原著作者が負担・享受し、関係法令に従う責任も原著作者が単独で負います。しかもこのライセンスは非独占・譲渡不能・再許諾不能で、取消しが可能とされていました。翻訳版を自分で売れる余地は残されていても、ライセンシーの判断で失われうるものです。
ヒヤリングで確かめること 英文のライセンス契約に署名する前の確認
既存の出版契約で、翻訳・海外配信の権利は誰にありますか。
出版社に世界での独占的な翻訳の権利を許諾していれば、別に独占的なライセンスを出すと表明保証に反するおそれがあります。
ロイヤルティは卸売価格と小売価格のどちらを基準にしていますか。為替の換算はいつの時点ですか。
同じ割合でも、基準と換算の時点で受け取る額が変わります。
翻訳版の権利の帰属と、契約終了後の扱いはどうなっていますか。
終了後も翻訳版を相手方が使い続けられる設計かどうかを把握します。
原稿データを渡す相手(翻訳者など)を、自分で承諾する機会はありますか。
承諾なく第三者契約者に原作を使わせられる設計なら、データの管理の担保を確認します。
契約条件の秘密保持の範囲はどこまでですか。
料率を他の作家と共有できなくなる定めがあるかを確認します。
出版契約と翻訳ライセンスを並べて読む
同じ作品について、国内の出版社との基本契約と、海外の翻訳配信のライセンスが併存することがあります。対価の条だけでなく、報告・侵害への対応・責任・終了まで並べると、二つの契約の性格の違いがはっきりします。
| 観点 | 出版社との基本契約 | 海外の翻訳配信ライセンス |
|---|---|---|
| 権利の出し方 | 作品ごとに出版権を設定し、独占的に許諾する | 日本を除く全世界・全媒体で独占的かつ取消不能なライセンス。再許諾の権利を含む |
| 対価の基準 | 原作付き・オリジナル、電子・紙、ネームの有無で区分した料率表 | 各翻訳成果物の卸売価格に一定の割合を掛けた額 |
| 報告 | 出版社が報告書を交付し、2週間以内に異議を出さないと承認とみなす | 暦月ごとに、決まった書式で翌月10日以内に報告 |
| 無断利用への対応 | 漫画家が第一次的に対応する。2か月で出版社に主導権が移る | ライセンシーが通知し、措置の要否は原著作者が判断する |
| 責任 | 漫画家の賠償責任に上限がない | ライセンシーの責任は直近12か月のロイヤルティ総額が上限。原著作者は表明保証と補償を負う |
| 期間と終了後 | 原期間3年、満了6か月前までの通知がなければ1年ずつ自動更新 | 1年、満了90日前までの通知がなければ1年ずつ自動更新。終了後も翻訳版はライセンシーが利用できる |
寄付による翻訳の制度は、漫画の翻訳配信に特有の仕組みです。未翻訳の作品にユーザーが寄付をし、目標額に達したら翻訳して寄付者に無償で届けます。無償で届けた分も販売とみなしてロイヤルティを払う、と定めることで、原著作者の取り分が「無料配布だから0」にならないようにしていました。一方で、寄付が卸売価格を超えた部分はロイヤルティの対象外とされており、寄付が多く集まっても原著作者の取り分は卸売価格の範囲にとどまります。参加は著者ごとに任意とされていたので、仕組みを理解したうえで参加するかどうかを選べます。
原作使用料を売上に応じて分配する設計については、映像化の場面を素材にした原作使用料の売上分配で、売上の定義と報告の条を詳しく扱います。
よくあるご質問
「ネーム有り」と「ネーム無し」で料率が違う契約です。何を確認すればよいですか?
ネームの定義(コマ割りまでか、構図・台詞までか)と、誰がどの程度作れば「ネーム有り」になるのかの基準です。定義がない場合は、改訂の機会に明記を求めます。
商品化の料率が「別途協議」になっています。問題はありますか?
違法ではありませんが、協議の基準がないと相手方の提示額で決まりやすくなります。最低保証の料率や、類似作品の実績の幅などの目安を書いておくことが考えられます。
使用料の報告書の異議申立ての期間が短いときはどうすればよいですか?
期間内に書面で申し出ないと承認したとみなされる条項がある場合、受領時に確認の日程を確保し、疑問があれば期間内に申し出ます。延伸は改訂時の交渉事項です。
海外の翻訳配信会社から英文の契約書が届きました。日本語訳で内容を確認できますか?
参考訳で内容を把握することはできますが、正本は英文で準拠法も外国法になっていることが多く、相違があれば英文が優先します。ロイヤルティの基準価格、翻訳版の権利の帰属、終了後の扱いは特に確認します。
翻訳版の著作権は誰のものになりますか?
日本法では翻訳物は二次的著作物で、翻訳者の権利と原著作者の権利が重なります(著作権法28条)。ただ、契約で翻訳物の権利を相手方に集め、終了後も使い続けられるとする定め方もあるため、帰属と終了後の条項を確認します。
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