このページの要点
- 共通の条件は業務規約に、各アシスタントとは全文の受領・確認を確かめる登録同意書を結ぶ。
- 規約を改めたら同意を取り直し、存続条項は条番号ではなく事項の名前で書く。
- ペンネームでの業務を認め、本名を同意なく第三者に開示しないと定める。
- 再委託の禁止は、家族や知人に補助させること・データを共有することまで含める。
結論:アシスタントが増えたら「共通の条件」と「話数ごとの条件」を分けて管理する
アシスタントを一人だけ頼むなら、相手ごとに業務委託契約書と秘密保持契約書を結べば足ります。複数のアシスタントに背景・仕上げ・3Dを継続して頼む体制になると、全員に共通する条件と、作品・話数ごとに変わる条件を分けて管理する必要が出てきます。共通の条件は規約にまとめて同意を取り、話数ごとの条件は発注のたびに示す、という形です。
事務所が作成したアシスタント向けの書類のうち、A案件(このページでも、アシスタントの契約の案件をA〜Dの記号で示します)は、この切替えを実際に行った例です。このページでは、規約方式への組替え、ペンネームと本名の扱い、再委託と関係者への開示、通知と電子契約、契約上の地位の承継という、制作体制を組むときの書類の決め方を整理します。業務範囲や報酬の決め方はアシスタントの業務委託契約で扱っています。
個別契約書の方式から、「規約+登録同意書」の方式へ
A案件は当初、業務委託契約書と秘密保持契約書を相手ごとに結ぶ形でした。依頼者の運用方針に合わせて、共通の条件を「業務規約」と「秘密保持規約」にまとめ、各アシスタントとは「登録契約書兼規約同意書」を結ぶ形に組み替えました。
| 項目 | 当初(契約書の方式) | 組替え後(規約の方式) |
|---|---|---|
| 構成 | 業務委託契約書と秘密保持契約書を相手ごとに締結 | 業務規約と秘密保持規約を共通の条件として定め、各アシスタントとは登録契約書兼規約同意書を締結 |
| 規約の拘束力 | ― | 締結前に各規約の全文を受領・確認・理解したことを確認し、遵守を誓約し、各規約が契約の内容を構成することに同意する(同意書第1条) |
| 登録情報 | 署名欄に住所・氏名・ペンネーム・電話・メール | 氏名・住所・生年月日・電話・メール・振込口座。真実性の保証と、変更時の通知の義務(同意書第2条) |
| 個別の条件 | 作品名・話数・作業範囲・納期・報酬は、メール・チャット・見積書・請求書などの電磁的方法で個別に定める | 同じ(報酬の算定方法・消費税の扱い・発注書も明記) |
| 個別の合意との優劣 | 完全合意の条項。個別の業務の合意は本契約に反しない範囲で有効 | 個別の合意は規約に反しない範囲で有効。個別の合意が規約と異なる場合は、個別の合意で規約の適用を排除・変更すると明示しない限り規約が優先 |
| 終了 | 期間の定めなし。協議のうえ終了 | 同意書は通知によりいつでも終了。規約上の存続義務は残る |
| 施行 | ― | 規約に施行日(附則)を置く |
規約の方式の利点は、アシスタントが増えても同じ条件を示せることと、署名する書面を短くできることにあります。他方で、運用上の注意が二つあります。一つは、規約を改める手続を決めておかないと、古い規約に同意した人と新しい規約に同意した人が混在することです。A案件の規約は、規約の中に一方的な変更の手続を置かず、改める場合は新しい規約への同意を取り直す前提の作りと見られます。もう一つは、個別の合意で規約と違う条件を付けるときは、「規約の適用を排除・変更する」と明示しないと規約が優先する、という点です。チャットで規約と違う単価を約束しただけでは、規約の単価が適用されるおそれがあります。
民法には、定型約款の規定があります。定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引で、その内容の全部又は一部が画一的であることが双方にとって合理的なもの)を行うことの合意をした者は、定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたときなどに、個別の条項についても合意をしたものとみなされます(民法548条の2第1項)。アシスタントとの取引がこの定型取引に当たるかどうかは、募集の仕方や条件の画一性などの実情によるため、規約の方式をとる場合でも、規約の側と同意書の側の両方で同意を固め、改定のたびに同意を取り直す運用にしておく方が確実です。
表の「完全合意の条項」とは、契約書に書かれたことが当事者の合意のすべてであり、契約前のやり取りや口頭の約束は効力を持たない、と確認する条項です。契約書の方式では、この条項で契約書の内容を固めつつ、個別の業務の合意は契約に反しない範囲で有効としていました。規約の方式では、共通の条件を規約に置き、個別の合意が規約と異なる場合の優劣を「明示しない限り規約が優先」と定めることで、同じ働きをさせています。どちらの方式でも、チャットでの個別のやり取りがどこまで効力を持つのかを、書類の側で決めておくことが要点です。
規約への同意を固める書き方
事務所の書類での扱い A案件の規約の方式で工夫した点
同意の確保
理由規約の方式では「規約を見ていない」という主張が最大の弱点になるため、規約の側と署名する書面の側の両方で同意を固めるため。
存続条項
理由規約は改定が予定される文書であり、条の追加・削除で番号がずれても存続の範囲が崩れないようにするためと見られる。
終了
理由継続的な取引の枠組みは軽くし、個々の作業の精算と秘密保持は残す設計にするため(連載終了・打切りと契約終了)。
共通の条件は規約で、個々の作業の条件は発注で示す、という二層の構成です。
報酬の書き方も、規約の方式に合わせて変えました。契約書の版では時給の下限を置いた時給の方式と見積りの方式を定めていましたが、規約の版では、作業内容・作業量・ページ数・成果物・案件単位など、時間・数量・出来高・一括のいずれの方法でも個別に合意する、という書き方にし、消費税・インボイスの扱いは法令と個別の合意に従う、と書き加えました。アシスタントごとに作業の種類が違う体制では、規約に一つの算定方法を書き込むより、算定方法を問わない個別の合意に委ねる方が実情に合います。秘密保持規約の側でも、対象を応募者・候補者まで広げ、同意した時点又は秘密情報の開示を受けた時点のいずれか早い時点から効力を生じるとしました(未発表原稿・ネームの秘密保持)。
規約の変更の手続については、同じ事務所が作成したAIマンガ投稿サービスの利用規約と比べると違いが分かります。投稿サービスの規約は、運営者が必要性・合理性に照らして規約を変更でき、公式SNSでの投稿や規約ページの更新など適切な手段で周知し、ユーザーが変更後に利用を続けたこと、又は周知に必要な相当期間が経過したことで変更後の規約に同意したものとみなす、と定め、附則に施行日と変更の履歴を置いていました。不特定多数のユーザーを相手にするサービスの規約と、顔の見える数人のアシスタントとの規約とでは、変更の手続の作り方が違ってよく、後者では同意の取り直しを基本にする方が確実です。
規約の方式に切り替えるときの流れ
- 規約を整える業務規約と秘密保持規約に、共通の条件と存続する事項を事項の名前で書き、附則に施行日を置きます。
- 全文を渡して同意を取る登録同意書の締結の前に規約の全文を渡し、受領・確認・理解したことと遵守の誓約を、同意書の中で確認します。
- 登録情報を受ける氏名・住所・振込口座などの登録情報について、真実であることの保証と、変更時の通知を約束してもらいます。
- 発注ごとに条件を示す作品名・話数・作業範囲・納期・報酬を、発注のたびにメールやチャットで示します。規約と違う条件にするときは、規約の適用を変更する旨を明示します。
- 改定のたびに同意を取り直す規約を改めたら、新しい規約の全文を渡し、同意を取り直します。変更の履歴は附則に残します。
規約の方式でも、フリーランス法の取引条件の明示は別に必要です。従業員を使用しないアシスタントに作画の補助を委託するたびに、給付の内容・報酬の額・支払期日などを書面かメール・チャットなどの電磁的方法で示す義務があります(フリーランス法3条1項)。規約は共通のルールを示すものにすぎず、個々の発注の中身は発注ごとに示す必要があります。A案件が、作品名・話数・作業範囲・納期・報酬は電子メール・チャット・見積書・請求書その他電磁的方法で個別に定める、としたのは、この明示を日々の連絡で行う前提の書き方です。
ペンネームで仕事をする権利と、本名の保護
漫画の現場では、発注する側も受ける側もペンネームで活動していることが多くあります。B案件の契約書では、依頼者との協議を踏まえた改訂で、それまでなかった個人情報の条を新設しました。
B案件の改訂で新設した個人情報の条(要旨)
1当事者は、相手方の氏名、住所、連絡先その他の個人情報を、個人情報の保護に関する法律その他の法令に従い、本契約の履行とその準備・管理以外の目的に使用せず、適切に管理します。
2アシスタントは、ペンネームを使用して本業務を遂行することができます。漫画家は、アシスタントの事前の書面による明示的な同意がない限り、アシスタントの本名その他の個人情報を第三者に開示しないものとし、これを秘密情報と同等以上の注意をもって管理します。
3外部の委託先などに開示せざるを得ないときは、法令の遵守と適切な取扱いを契約で義務づけます。漏えいの事故が生じたときは書面で報告し、是正と再発防止の措置を講じます。
4本条に違反した当事者は、相手方に生じた損害(弁護士費用を含みます)を賠償します。本条は本契約の終了後も存続します。
A案件の秘密保持契約書は、逆に、漫画家の側の本名とペンネームの対応関係を秘密情報に入れていました。漫画の現場では、発注者・受託者のどちらにとっても、本名とペンネームの結び付きが守るべき情報になります。契約書にアシスタントの本名を書き、その写しを出版社や他のアシスタントと共有してしまう、といったことが起きないよう、契約書の管理の仕方まで意識しておきます。
契約当事者の表示にも工夫が要ります。映像化の原作使用許諾の契約書案では、原作者の欄を「活動名__こと本名__」とし、署名欄に本名と活動名を並べました。支払・源泉徴収・支払調書には本名と住所が必要になる一方、クレジットは活動名で行うため、契約上の特定と作品上の表示を分けて書く形です。A案件の書類も、署名欄にペンネームの欄を設けていました。同じ契約書案では、制作会社が原作者から取得する個人情報(氏名・住所・振込先口座・支払調書の作成に必要な情報)を、分配金の支払・通知・契約管理の目的の範囲内でだけ使い、法令に基づく場合や同意がある場合を除いて第三者に提供せず、安全管理の措置を講じること、原作者が開示・訂正・利用停止・削除を請求できることも定めました(映像化の原作使用許諾)。
ペンネームで公表された作品の著作者の推定にも関わります。著作権法14条は、周知の変名(雅号・筆名など)が著作者名として通常の方法で表示されている者を、その著作物の著作者と推定します。AIマンガ投稿サービスの利用規約では、アカウントは原則として1ユーザー1つとしつつ、作風や名義の区別を目的とする場合で規約に反しないときは、必要な範囲で複数のアカウントを登録できる、という例外を置きました。作風ごとにペンネームを使い分ける創作者の実情に合わせたものです。
再委託の禁止と、関係者への開示
4案件とも、事前の書面の承諾がない再委託を禁止していました。A案件は「再委託し、外注し、補助させ、共有し、又は第三者に作業させてはならない」と、家族や知人に手伝わせる形まで含めました。
| 項目 | 定め | 案件 |
|---|---|---|
| 禁止の範囲 | 再委託・外注に加え、補助させること、共有すること、第三者に作業させることまで禁止 | A案件 |
| 承諾した場合の義務 | 再委託先に同等の義務を負わせ、受託者が最終的な責任を負う | C案件・D案件 |
| 事前の開示 | 再委託先の氏名・業務範囲・連絡先を事前に開示し、求めに応じて再委託契約書の写しを出す | D案件 |
| 無断の再委託の効果 | 即時解除の事由・違約金の対象(A案件)、催告なしの解除と損害賠償の対象(C・D案件) | A・C・D案件 |
情報の側からの手当てもあります。C案件の秘密保持契約書は、アシスタントが秘密情報を自分の従業員・外注先・関係協力者に開示する必要があるときは、事前に漫画家の書面の承諾を得て、同等の義務を負わせ、その者の一切の行為についてアシスタントが連帯して責任を負う、としました。D案件も、関係者への伝達には事前の書面の承諾と、同等の秘密保持の義務を課す責任を定めました。再委託の禁止と対になる手当てです。
再委託の禁止は、秘密保持と品質のために必要です。ただ、代わりの者に作業させられないことは、労働者性の判断では雇用に近い方向の要素にもなります。業務委託として組むなら、再委託を禁止する理由(未発表の原稿の管理)を明確にしつつ、依頼を断る自由や作業時間の裁量といった他の要素で、業務委託らしさを保っておく必要があります。
チャットでの通知・電子契約・地位の承継
A案件は、通知・連絡・承諾・確認その他の意思表示を、書面・メール・チャットツール・メッセージアプリその他通常利用する電磁的方法で行えるとし、相手方が通常確認できる状態に置かれた時点で到達したものとみなしました。日々の指示をチャットで出す漫画制作の現場に合わせた到達の基準です。映像化の原作使用許諾の契約書案は、書面は到達した時、電子メールは送信した時に効力を生じる(送信者が不到達の通知を受けた場合を除く)とし、住所やメールアドレスなどの届出事項に変更があれば速やかに通知する、としました。
C案件の契約書は、電子契約サービスを使い、各当事者が電子的に署名又は承諾する方法で締結することに合意し、電子署名は書面による契約と同一の効力を持つこと、サービス上での署名又は承諾の完了をもって正式に成立したものとみなすこと、改訂・延長・終了その他の通知・同意にも準用することを定めました。遠方の在宅のアシスタントと対面せずに契約する場合の成立の時点を明確にした例です。
契約上の地位の譲渡と承継の定め
アシスタントの側の譲渡を制限
アシスタントの地位・権利義務の譲渡・承継・担保の提供は、漫画家の事前の書面又は電磁的方法による承諾がなければできない、としました。
双方の譲渡を禁止し、例外は協議
双方について譲渡などを禁じ、違反すれば催告なく解除できるとしたうえで、組織変更・事業再編・相続その他の正当な事由でやむを得ず権利義務を移転する必要が生じたときは、相手方と誠実に協議し書面で承認を得る、としました。
個人の漫画家が法人化(スタジオ化)する場面や、作家の死亡で権利が遺族に移る場面を想定した手当てと見られます。
ヒヤリングで確かめること 制作体制の書類を組む前に確かめること
アシスタントは何人くらいで、今後増やす予定はありますか。
人数が増えるなら、規約の方式で共通の条件をまとめる方が管理しやすくなります。
規約を改めるとき、全員から同意を取り直せますか。
取り直せないと、古い規約と新しい規約に同意した人が混在します。施行日と変更の履歴を附則に残します。
アシスタントにペンネームでの活動を認めますか。本名を出版社などに伝える必要はありますか。
本名を第三者に開示する場面があるなら、その場面と同意の取り方を決めておきます。
家族や知人に手伝ってもらうことを認めますか。
認めないなら、補助させること・共有することまで禁止の範囲に含めます。
連絡はどのツールで行い、通知はいつ届いたことにしますか。
チャットで通知するなら、到達の基準を契約で決めておきます。
よくあるご質問
アシスタントが複数いる場合、全員と同じ契約書を結ぶ必要がありますか?
共通の条件を業務規約にまとめ、各アシスタントとは規約への同意と登録情報を受ける短い同意書を結ぶ方式もあります。作品・話数ごとの条件は、発注のたびに示します。
規約と個別のやり取りの条件が違うときはどうなりますか?
規約の定めによります。個別の合意で規約の適用を排除すると明示しない限り規約が優先する、と定めた例があります。違う条件にするときは、その旨をはっきり書きます。
アシスタントにペンネームで仕事をしてもらってもよいですか?
できます。契約書にペンネームでの業務の遂行を認め、本名などの個人情報を同意なく第三者に開示しないと定めた例があります。支払や税務に必要な本名・住所は、契約上は別に把握します。
アシスタントが別の人に手伝わせるのは止められますか?
契約で再委託を禁止できます。家族や知人に補助させること、作業データを共有することまで含めて禁止する書き方があります。承諾する場合は、同等の義務を負わせ、受託者が責任を負う形にします。
チャットで送った通知は、いつ届いたことになりますか?
契約で決めておきます。相手方が通常確認できる状態に置かれた時点で到達したものとみなす、と定めた例があります。
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