このページの要点
- 著作者人格権は譲渡できず(著作権法59条)、不行使の特約は文言に即して狭く解すべきと考えられる。
- トリミングや色調の補正は必要最小限とされやすく、構図の作り替えは超えるとされやすい。
- 表紙が別の発注か、客観的な必要があったか、表現の中核に及ぶか、の順に判断する。
- 交渉では、作品の顔となる部分の改変に事前の提示と協議を求める手続の一文を入れる。
結論:「必要最小限」に限る改変条項は、無制限の改変を許していない
出版社との契約には、ほとんどの場合「出版社は必要な範囲で作品を変更でき、漫画家は同一性保持権を行使しない」という趣旨の条項があります。同一性保持権とは、著作者が著作物とその題号の同一性を保持し、意に反して変更・切除その他の改変を受けない権利です(著作権法20条1項)。漫画では、表紙・扉絵・カラーページの構図やトリミング、海外版での描写の変更、販促でのコマの切り抜きといった具体的な改変の場面が繰り返し起きます。
事務所がレビューした出版社作成の基本契約の第11条は、次の4つの要素でできていました。報告書は、①〜④のすべてを満たす場合に限って改変が許され、一つでも欠ければ条項の保護の外になる、と読みました。
第11条(同一性保持権の不行使)を組み立てている4つの要素
必要最小限の範囲に限るという限定
改変できる範囲そのものを絞る言葉です。これを超える改変には特約の効果が及びません。
作品の詳細・表現・色彩・質・ページ数
第1条で委託・納品された作品に限られます。別の発注で頼まれたものは対象かどうかを先に確かめます。
出版社の裁量で判断するという言葉
必要最小限かどうかの一次的な判断を出版社に委ねるようにも読める言葉です。
変更した箇所に限り行使しない
権利の包括的な放棄ではなく、改変した箇所についてだけ行使を控える、という効果です。
同じ条の後段は、出版社が漫画家の同意なく作品集(第三者の作品を含みます)に編纂して出版・電子出版できるとしつつ、合理的な著作権使用料の支払を条件にしていました。
ご相談の事案は、一度納品した表紙イラストの構図を事前の相談なく変えられ、そのまま最終デザインに使われた、というものでした。報告書の結論は、構図の作り替えが印刷・製本上の技術的な制約などの客観的な必要性を伴わない、デザイン上・営業上の裁量判断によるものであれば、必要最小限の範囲を超え、第11条の対象外として漫画家の同一性保持権が及ぶ余地が十分にある、というものです。
不行使の特約は「権利を手放す契約」ではない
同一性保持権を含む著作者人格権は、著作者だけに帰属する権利で、他人に譲り渡すことができません(著作権法59条)。そのため、「行使しない」という合意は権利そのものを譲り渡したり処分したりするものではなく、特約の文言の範囲内で行使を差し控えるという当事者間の約束にとどまります。この性質から、報告書は、不行使の特約が及ぶ範囲は文言に即して狭く解すべきだ、という理解を採りました。第11条があえて必要最小限の範囲に限るという限定の言葉を置いているのは、一身専属性への配慮の表れとみることができます。
また、法律が同一性保持権の例外として認める改変は、学校教育の目的上やむを得ない用字・用語の変更(同法20条2項1号)、建築物の増改築等(2号)、プログラムを実行するための改変(3号)、著作物の性質と利用の目的・態様に照らしやむを得ないと認められる改変(4号)に限られます。報告書は、出版社の営業上・デザイン上の都合による構図の変更は、この例外にも当たらないと整理しました。
どこまでが「必要最小限」か:判断の物差し
「必要最小限」かどうかは抽象的な言葉なので、報告書では類型ごとの物差しを示しました。印刷・製本の都合による技術的な調整は認められやすく、表現の中核に及ぶ変更は認められにくい、というのが基本の線です。
| 改変の類型 | 必要最小限と判断されやすい | 必要最小限を超えると判断されやすい |
|---|---|---|
| 印刷・製本上の調整 | 背表紙の幅に合わせたトリミング、CMYK変換に伴う色調の補正、解像度の調整 | 技術的な制約と関係のない色彩・配色の変更 |
| 表現内容の変更 | 誤字・記号レベルの訂正(該当する例は限られる) | 構図(人物の配置・視点・余白のバランス)の作り替え |
| レイアウト上の処理 | タイトルロゴ・帯のための余白の調整(既存の構図の枠内) | 構図を作り替えてロゴのスペースを新たに作り出す処理 |
第11条の対象には「ページ数」と「質」も挙がっていました。単行本化で話数をまとめるときのページの調整や、電子版での画質の変更も、同じ「必要最小限」の物差しで判断されることになります。一方、題号(書名)は第11条の対象に挙がっておらず、委託条件の決定の条(第1条2項)と、海外出版等の条(第2条3項)で扱われていました(出版社との基本契約)。
表紙の構図を変えられたときの判断の手順(報告書の判断フロー)
- その表紙は「本件漫画作品」に含まれるか本編と別の個別契約で発注されていたなら、まずその契約を確認します。第11条の対象に含まれなければ、第11条とは関係なく同一性保持権が及びます。
- 改変に客観的な必要性があったか印刷・製本上の制約など、「必要最小限」といえる客観的な必要性があれば、許された改変になります。
- 改変が表現の中核に及ぶか構図など表現の中核に及んでいれば、侵害を主張しうる場面です。及ばなければ、程度による個別の判断になります。
出版社の側からは、判断を出版社の裁量に委ねる言葉を根拠に、必要最小限かどうかの判断は出版社に委ねられている、という反論も理論上はありえます。しかし、一方の当事者に広い裁量を与える条項でも、客観的な逸脱や濫用まで許されるとは解されません(民法1条3項は権利の濫用を許さないと定めています)。同一性保持権が一身専属の権利であることも踏まえると、この一語であらゆる改変を正当化する解釈は採りにくい、というのが報告書の結論です。
報告書はさらに、①改変の目的が商業上合理的であること、②改変の程度が主観的に軽微と評価されること、はそれだけでは侵害を否定する決定的な事情にならない、と整理しました。「売るための変更だった」「少し直しただけ」と説明されても、それで話が終わるわけではありません。
題号(作品のタイトル)も、同一性保持権の対象です(著作権法20条1項は「その著作物及びその題号の同一性」と定めています)。レビューした契約では、書名・作品名は第11条ではなく、委託条件として出版社が決める第1条2項の事項とされていました。連載時のタイトルが単行本や電子版で変わる場面では、第11条の「必要最小限」の物差しすら働かず、委託条件の決定権の問題になります。改変の条項を交渉するときは、書名の決定に漫画家の意見を聴く手続も、あわせて求める対象になります。
同じ契約の中にある、改変を認める別の条項
改変の根拠は第11条だけではありませんでした。同じ「権利許諾・改変権限」のまとまりの中に、場面ごとに改変を認める条項が並んでいました。
| 条 | 場面 | 限定の言葉 | 手続上の歯止め |
|---|---|---|---|
| 第2条2項 | マルチメディア・電子的な利用のための改変版の作成 | その目的に必要な範囲に限る | 漫画家自身が改変するときは個別契約が必要。出版社が改変するときの手続はない |
| 第2条3項 | 海外出版等での性描写・効果音・喫煙表現・書名などの変更 | なし(出版社の裁量による) | 海外出版等の場面に限られるだけ |
| 第11条 | 作品の詳細・表現・色彩・質・ページ数の変更 | 必要最小限の範囲に限る | 事前の連絡・事後の報告の義務なし |
| 第17条3項 | 出版社・許諾先による無償の販促利用に伴う変更 | 作品のイメージ・世界観への配慮と、目的に必要な範囲に限る旨 | 無償で全部を使う場合に限り事前の連絡義務 |
どの条項も範囲は絞っていますが、改変の前に漫画家へ相談する手続を義務づけていない点が共通していました。
第2条2項では、同じ改変版の作成でも、漫画家自身が改変するときは個別契約が必要とされる一方、出版社が改変するときの手続の定めがありません。手続が漫画家の側にだけかかっている非対称です。報告書はこの条項と第11条が重なることで改変の根拠が二重に存在するとしてSランクに置き、「必要な範囲」の判断基準(技術的な制約か、裁量的な判断か)を両方の条項でそろえて交渉に臨むよう勧めました。
第17条3項の事前の連絡は、無償で作品の全部を使う場合に限られていました。有償の利用、コマの切り抜きのような一部の使用、通常の出版に伴う改変には歯止めがありません。SNSの告知やバナー広告でコマを切り抜くことは「一部の使用」に当たり、この文言では事前の連絡の対象外になります。海外版の第2条3項には限定の言葉自体がなく、海外の規制や表記の慣行に合わせる変更が一定程度必要なことは理解できるとしても、書名のように作品の顔に関わる変更は、表紙と同じく事前協議の対象にする余地があります。
改変の問題は、対価の問題ともつながっていました。同じ契約の料率表は、発注者側がネーム(コマ割りや構図などの下描き)を提供したかどうかで料率を大きく分けていたのに、ネームの定義がありませんでした。表紙や構図という表現についての裁量が出版社寄りに運用されている実情と合わせると、構図への関与の程度を理由に低い料率の区分を主張されるおそれがあります。報告書は、改変と対価を「構図を誰が決めるのか」という同じ論点でつなぎ、交渉の材料にしました(印税・使用料と海外翻訳)。
作品集への収録は、誰がどの条件でできるか
第11条の後段は、出版社が漫画家の同意なく、第三者の作品を含む作品集に編纂して出版・電子出版できるとし、その条件として合理的な著作権使用料の支払を求めていました。アンソロジーや記念の総集編に収録される場面がこれに当たります。収録にあたってページの調整や色の変更が加われば、その部分は前半の「必要最小限」の物差しで判断されます。
法律の側では、向きが逆の規定があります。出版権の設定後最初の出版行為等があった日から3年を経過すると、設定行為に別段の定めがない限り、著作権者(複製権等保有者)は、その著作者の作品だけを集めた全集その他の編集物に収録して複製し、又は公衆送信を行うことができます(著作権法80条2項)。つまり、法律は「漫画家が自分の作品集を出す余地」を一定の期間の経過後に認め、レビューした契約は「出版社が他の作家の作品と一緒に編む権限」を定めていた、ということです。自分の作品集を別の形で出したい漫画家は、契約にこの規定を外す別段の定めがないかを確認しておきます。
ヒヤリングで確かめること 改変の相談を受けたときに確かめること
改変に気づいたのはいつで、それまでに意見を伝えましたか。
時効の起算点と、黙示の了解と評価される経緯の有無に関わります。気づいた時点で記録に残る方法で伝えたかどうかが重要です。
過去にも同じような変更があり、そのときはどう対応しましたか。
同種の変更を受け入れ続けてきた経緯があると、今回の改変の評価が変わりうるためです。
変更前と変更後の画像を並べて示せますか。
構図の作り替えか、余白やトリミングの調整かは、並べて見なければ判断できません。
今後もその出版社と取引を続ける予定ですか。
請求をするか、改訂の交渉で手続の明文化を求めるかで、整理の仕方が変わります。
判例の使い方と、時効・黙示の了解への注意
報告書では、パロディ・モンタージュ写真事件(最判昭和55年3月28日)と、ときめきメモリアル事件(最判平成13年2月13日)を引用しました。後者は、メモリーカードという道具を介した第三者による間接的な改変の事案で、出版社自身が原稿を直接改変する事案とは類型が違います。報告書はこの違いを明記したうえで、作品の内容や印象を著作者の表現意図に反して変容させる行為が広く改変として問題になりうる、という一般的な視点として引用し、間接的な改変ですら問題とされる以上、直接の改変であればなおさら問題になりうる、と位置づけました。判例を使うときは、事案の違いを断ってから射程を説明することが大切です。
結論には留保も付けました。過去の同種の変更について、黙示の了解があったと評価されうる経緯があるかどうかで、評価が変わりうるという点です。改変に気づいたら、その時点でメールなど記録に残る方法で意見を伝えておきます。黙って受け入れることが続くと、了解していたと主張される材料になります。
不法行為による損害賠償の請求権は、損害及び加害者を知った時から3年間、不法行為の時から20年間行使しないと時効によって消滅します(民法724条)。時効や今後の取引関係への影響から請求をしないと判断した場合でも、「契約上、無制限の改変が許されていたわけではない」という分析は、改訂の交渉で表紙・キービジュアルの改変に事前の提示と協議を求める根拠になります。
事務所の書類での扱い:改変の前に相談を受ける一文
事務所の書類での扱い 改変の条項について交渉で求める内容
作品の顔の改変
理由範囲の限定があっても、改変の前に相談を受ける保証にはならないため。今回の件も手続の欠落が根本にあった。
改変の判断基準
理由改変の根拠が二重に存在し、緩い方の条項が使われるおそれがあるため。
販促での一部の使用
理由SNSやバナーでの一部の使用が最も起きやすい改変の場面であるため。
海外版の書名
理由海外での変更が一定程度必要なことと、作品の顔を守ることを両立させるため。
報告書の書き方にも触れておきます。表紙の件では、改変の具体的な程度と理由、表紙が発注上どう位置づけられていたか、出版社から説明があったか、という事実が契約書面からは確認できませんでした。そこで分析の主眼を「どこまでが許され、どこからが許されないか」という線引きに置き、事実の認定が必要な部分は「別の発注であれば」「技術的な理由がなければ」と仮定を明示して検討しました。改変の相談では、結論そのものより、どの事実がそろえば結論が変わるのかを示すことが、その後の交渉で役に立ちます。
この整理は、出版社の側の説明や経緯によって評価が変わりうることも同時に示しています。表紙が別の発注で頼まれていて、その発注に「デザインの都合で構図を調整することがある」といった定めがあれば、結論は変わります。だからこそ、相談の際には契約書だけでなく、発注書・ラフ・確定稿・やり取りの記録を一緒に出していただくことが大切になります。
交渉で示す条文の例(作品の顔となる部分の改変)
1出版社は、本件漫画作品のうち表紙、扉絵、カラーページその他作品の顔となる部分について、印刷・製本上の技術的な制約による調整を超える変更をしようとするときは、あらかじめ変更の内容と理由を示し、漫画家と協議するものとします。
2前項の協議を経ないでした変更については、第11条の同一性保持権の不行使は適用しないものとします。
条番号は、レビューした契約の構成に合わせた例です。過去の件は責任追及ではなく、再発を防ぐ枠組みとして持ち出す方が受け入れられやすい、と報告書に付記しました。
アシスタントとの契約では立場が逆になり、漫画家が改変する側になります。アシスタントの担当部分の扱いはアシスタントの描いた部分の権利で、原作者との関係での改変は原作者と作画者の権利関係で扱います。
よくあるご質問
「同一性保持権を行使しない」と契約したら、出版社はどんな変更でもできますか?
条項の文言しだいです。「必要最小限の範囲に限る」といった限定があれば、それを超える改変には特約の効果が及ばないと読むのが文言に忠実です。著作者人格権は譲渡できないため、不行使の特約は文言に即して狭く解すべきと考えられます。
表紙の構図を勝手に変えられました。何から確認すればよいですか?
①表紙が本編と同じ発注か別の発注か、②変更に印刷・製本上の客観的な理由があったか、③変更が構図など表現の中核に及ぶか、の順に確認します。発注書・ラフ・確定稿・刷り見本とやり取りを保存しておきます。
トリミングや色調の補正も同一性保持権の問題になりますか?
背表紙の幅に合わせたトリミングやCMYK変換に伴う補正のような技術的な調整は、「必要最小限」の範囲と判断されやすい類型です。技術的な制約と関係のない配色の変更は、範囲を超えると判断されやすくなります。
今後のために契約書に何を入れればよいですか?
表紙・キービジュアルなど作品の顔となる部分の改変は、事前に案を示して協議する、という手続の一文です。範囲の限定だけでは、改変の前に相談を受ける保証にはなりません。
「売るための変更だった」と説明されたら、受け入れるしかありませんか?
改変の目的が商業上合理的であることや、程度が軽微だと評価されることは、それだけで侵害を否定する決定的な事情にはならない、というのがレビューでの整理です。改変に気づいた時点で、記録に残る方法で意見を伝えておきます。
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