このページの要点
- フリーランス法の支払期日は、検査をするかどうかを問わず給付を受領した日から起算する(同法4条1項)。
- 納品は受領の時点で完了と定義し、検収(内容の確認)とは分ける。
- 検収の物差しは事前に示した仕様と指示に置き、期限内に通知がなければ承認とみなす定めを置く。
- 無償の修正は回数を決め、指示の変更による描き直しは別に協議する。
結論:納品は「完了の時点」「検収の物差しと期限」「無償で直す範囲」の3つで決める
漫画の制作では、出版社から漫画家への発注と、漫画家からアシスタントへの発注という二つの段階で、それぞれ「いつ納品が完了したか」「どこまで無償で直すか」が問題になります。出版社との関係では、品質基準を満たすまで納入が完了したとみなさない条項が焦点になり、アシスタントとの関係では、修正の回数とデータの形式が焦点になります。
どちらの段階でも、決めておくことは共通しています。①納品が完了する時点(受け取った時点か、確認が終わった時点か)、②検収の物差し(事前に示した仕様か、事後に示される品質基準か)と期限、③無償で直す範囲(受託者のミスによる修正と、発注者の指示の変更による描き直しの区別)です。この3つが決まっていないと、リテイクが続くかぎり支払が来ない、あるいは検収が放置されて請求書が宙に浮く、という事態になります。
漫画家は、アシスタントに対しては発注者、出版社に対しては受注者という二つの立場に立ちます。
出版社への納品:「品質基準を満たすまで納入完了ではない」条項
事務所が漫画家の側からレビューした出版社作成の基本契約の第1条6項は、納入された作品が、出版社の定めた条件、又は出版社が合理的に求める内容・体裁・品質基準を満たさない場合、それらをすべて満たすまで納入が完了したとはみなされない、という条文でした。基準の客観性も、完了までの期限も書かれていません。
報告書はこれをAランク(対価の面で構造的な弱点がある事項)に置きました。別紙1の支払の起算点は「納品」であり、その時期が出版社の評価に委ねられる以上、支払の起算点を事実上出版社が動かせる条項になっているためです。報告書は、出版社が合理的に求めるという基準の解釈と、改善の要求から完了までの手続・期限をより具体化できないか、交渉の中で確認するよう勧めました。リテイクの回数や期間を区切る提案は、アシスタントとの契約で無償の修正を2回までとする発想を、出版社との関係に持ち込むものです。
事務所の書類での扱い 出版社への納品の条で交渉する内容
検収の物差し
理由事後に基準が加わりうる書き方では、何をすれば完了になるのかが漫画家に分からないため。
受領の時点
理由支払期日の起算と、法律上の受領日との関係をはっきりさせるため。アシスタントとの契約で納品を受領の時点で定義した書き方を、受注側の立場で使うもの。
完了までの手続
理由手続と期限がないと、リテイクの間は支払の時期が来ないため。
法律の側では、フリーランス法4条1項が、特定業務委託事業者が特定受託事業者に業務を委託した場合の報酬の支払期日を、「給付の内容について検査をするかどうかを問わず」、給付を受け取った日から数えて60日以内で、できるだけ短い期間に定めるよう求めています。支払期日を決めていなければ受領日が、60日を超える日を決めていれば受領日から数えて60日目が、支払期日として扱われます(同条2項)。従業員を使用しない個人の漫画家が出版社から制作を委託される取引がこれに当たる場合、契約上の「納入完了」が遅れても、法律上の起算点は原稿を受け取った日になると考えられます。ただし、品質基準を満たさない原稿の受領をどう評価するかの細かな扱いは、個別の事情によります。基本契約の全体の読み方は出版社との基本契約で扱っています。
アシスタントからの納品:4案件の比較
事務所が作成したアシスタントの契約書4案件(このページでもA〜Dの記号で示します)は、納品の形式、検収と修正、修正の上限と費用の定め方がそれぞれ違いました。
| 案件 | 納品の形式 | 検収・修正 | 修正の上限・費用 |
|---|---|---|---|
| A案件 | 漫画家が指定するデータの形式・ファイル名・レイヤー構成・保存形式・共有の方法 | 不備・未完成・仕様への不適合があれば修正を求められる。協議のうえ合理的な範囲で速やかに対応 | 指示内容・制作意図・品質水準に著しく反する場合は、再作業又は報酬額の協議 |
| B案件 | 指定ソフトの独自形式又はPSD。データの破損・ウイルスの混入に配慮しバックアップ | 受領から5営業日以内に検収。期間内に通知がなければ承認したものとみなす | 無償の修正は原則2回まで。超える場合は追加報酬・納期の延長を協議。修正が困難と合理的に判断した場合は不承認とし報酬の全部又は一部の支払を拒めるが、アシスタントは異議を申し立てられ、協議する |
| C案件 | 指定ソフトの独自形式。納品の手段を列挙 | 検収又は受領の完了から3日以内に支払 | ― |
| D案件 | 指定ソフトの独自形式その他の指定形式。各話ごとの納期 | 品質基準を満たさない部分は無償で修正・再納品。受領した時点で引渡し完了 | 重大な瑕疵がある場合は支払義務の全部又は一部を留保できる |
レイヤー構成やファイル名の指定がないと、受け取ったデータを原稿に統合する作業が漫画家の側で増えます。A案件のように、データの形式・ファイル名・レイヤー構成・保存形式・共有の方法まで漫画家が指定できる、と書いておけば、統合の手間を減らせます。B案件は、納品の形式を指定したうえで、データの破損やウイルスの混入のリスクに配慮し、適切なファイル管理とバックアップを講じる義務をアシスタントに課しました。デジタル原稿の受け渡しでは、納品物そのものの破損が「納品したのに使えない」という紛争の原因になるからです。
D案件が成果物にレイヤーを分けたファイルと下描き案を含めていた点も、納品の範囲の決め方として参考になります。完成した画像だけを受け取ると、出版社からのリテイクに漫画家の側で対応するときに、背景だけを直す、人物と背景を分けて調整する、といった作業ができません。何を納品物に含めるかは、後の修正のしやすさを左右します。
納品の完了時点と、仕様を事前に示す義務
B案件は「納品」を、成果物を漫画家が指定する方法(メール、ファイル共有サービスなど)で提出し、漫画家がこれを受領した時点で完了するもの、と定義しました。D案件も、納品が完了し漫画家が明示的に受領した時点で引渡しが完了したものとみなす、としました。検収(内容の確認)とは別に、受領の時点を定義しておくと、支払期日の起算や、データの破損などの危険がどちらに移ったかの基準がはっきりします。
D案件では、納期と具体的な業務範囲は、案件ごとに漫画家から書面又はメールで事前に通知される指示書・仕様書に基づくものとし、アシスタントはこれに従う一方、漫画家と協議しないで業務の内容を変えてはならない、としました。リテイクの多くは「指示と違う」ことから起きます。指示書・仕様書を事前に出す発注者の義務と、勝手に変えない受託者の義務を対にしておくと、リテイクの原因がどちらにあるのかを判断しやすくなります。
締切の決め方にも違いがありました。D案件は成果物を「各話ごとに」漫画家の指定する納期までに納品するとし、C案件は、納品のスケジュールは漫画家が別途指示する各案件ごとの締切に従い、その都度協議して決める、としました。A案件は、個別の業務の納期はその都度協議のうえ定める、としています。連載の進行に合わせて話数単位で締切が動く漫画の制作では、契約書の本体に日付を書くのではなく、締切の決め方(誰が示し、どう合意するか)を書いておく形になります。
検収の物差しと期限、報酬が確定する時点
B案件は、漫画家が受領から5営業日以内に、成果物が「本契約に定める仕様および漫画家の指示内容に適合しているか否か」を検収し、瑕疵・不備・仕様からの逸脱を認めたときは期間内に書面(メールを含みます)で通知する、としました。検収の物差しを、事前に示した仕様と指示に置いた書き方です。出版社との契約の第1条6項が、出版社が事後に合理的に求める基準を物差しにしていたのと対照的です。発注者として仕様を出す側に立つときは、検収の物差しを事前の仕様・指示に置く方が、受託者との紛争を減らせます。
B案件の「期間内に通知がなければ承認したものとみなす」という定め(みなし承認)は、アシスタントの側から見ると、検収が放置されて支払が遅れる事態を防ぐ条項でもあります。検収の期限がない契約では、受託者の請求書が宙に浮きがちです。
報酬が確定する時点の2つの型
D案件
報酬は、納品の完了と漫画家による検収・承諾を経て確定し、アシスタントは納品後速やかに請求書を発行します。
A案件の見積りの方式
アシスタントが提示した見積額を漫画家が承諾した時点で、個別の業務の報酬額が確定します。
リテイクが多くなりがちな作業ほど、着手前に額を確定させておく方が揉めにくいと考えられます。
支払期日は、A案件が請求書の受領から7日以内、C案件が検収又は受領の完了から3日以内、B・D案件が月末締め翌月末払いでした。短期・単発の依頼(C案件)ほど支払までの期間が短く、継続的な依頼(B・D案件)は月単位の締め払いにしています。
B案件の定めに沿った、納品から支払までの流れ
- 指示書・仕様書を出す漫画家が、作業範囲・納期・データの形式を書面又はメールで示します。
- 納品と受領アシスタントが指定の方法で提出し、漫画家が受領した時点で納品が完了します。ここが支払期日の起算の基準になります。
- 検収(受領から5営業日以内)仕様と指示に適合しているかを確認し、不適合があれば期間内に書面(メールを含みます)で通知します。通知がなければ承認したものとみなされます。
- 修正(原則2回まで無償)不適合の通知を受けた部分を修正して再納品します。回数を超える修正や、指示の変更による描き直しは協議の対象です。
- 請求と支払承認された成果物について請求書を受け取り、月末締め翌月末に支払います。
ヒヤリングで確かめること 納品の条を作るときに確かめること
納品は、受け取った時点で完了としますか、確認が終わった時点で完了としますか。
受領と検収を分けて定義すると、支払期日の起算と、データの破損などの危険の移転の基準がはっきりします。
検収は何日以内に行えますか。期間内に連絡しなかったら承認とみなしてよいですか。
期限がないと、受託者の請求書が宙に浮きます。
無償で直してもらうのは何回までにしますか。指示を変えたときの描き直しはどう扱いますか。
受託者のミスによる修正と、指示の変更による描き直しを分けておかないと、無償の範囲が際限なく広がります。
データの形式・ファイル名・レイヤー構成の指定はありますか。
原稿への統合の作業を減らすためです。
締切は話数ごとですか、案件ごとですか。誰が示しますか。
契約書の本体に日付を書かず、締切の決め方を書いておく形にします。
無償の修正の範囲と、指示の変更による描き直し
漫画の仕上げや背景では、「受託者のミスによる修正」と、「漫画家の指示の変更(ネームの変更、構図の変更)による描き直し」が混ざりやすくなります。ネームの変更で背景を描き直してもらったのに、それを無償の修正の範囲内として扱うと、受託者の負担が際限なく増えます。B案件のように無償の修正の回数を決め、超えた分を追加報酬と納期の協議の対象にしておくと、指示の変更による描き直しを無償で求め続ける状態を避けられます。
漫画家は、出版社とアシスタントの間に立ちます。出版社からのリテイクが、アシスタントのデータを承認した後に届くこともあります。そのとき、出版社の指摘が背景の描き方そのものに及ぶなら、アシスタントにとっては承認済みの成果物の描き直しであり、受託者のミスによる修正ではありません。アシスタントとの契約で、承認(みなし承認を含みます)の後に生じた修正は新しい依頼として扱う、と整理しておくと、出版社のリテイクの負担をそのままアシスタントに無償で流す形を避けられます。逆に、出版社への納品の条件(データの形式、AI生成物を使わないことなど)は、アシスタントへの指示書にも引き写しておく必要があります(漫画制作と生成AI)。
品質に問題があるときの扱いも、一方的な減額ではなく「協議」を挟む書き方が使われていました。A案件は、成果物が漫画家の指示内容・制作意図・品質水準に著しく反する場合、漫画家は再作業又は報酬額の協議を求めることができる、としました。B案件は、修正が困難・不能と漫画家が合理的に判断した場合に不承認とし、報酬の全部又は一部の支払を拒めるとする一方、アシスタントは異議を申し立てることができ、その場合は双方誠意をもって協議する、としています。
修正の範囲を分ける条文の例(B案件の考え方をもとに整理)
1アシスタントは、検収の結果、成果物に仕様又は指示内容との不適合があると通知を受けたときは、原則として2回まで無償で修正を行います。
2漫画家の指示の変更(ネーム、構図その他の変更)による描き直しは、前項の修正に含まれないものとし、その報酬と納期は当事者が協議して定めます。
3前2項を超える修正が必要となったときは、追加の報酬及び納期の延長について協議するものとします。
第2項は、B案件の「無償修正は2回まで、超える場合は協議」という定めに、指示の変更による描き直しの扱いを明示的に書き分けたものです。
フリーランス法の禁止行為と、請負・準委任の違い
従業員を使用する漫画家やスタジオ(特定業務委託事業者)が、政令で定める期間(1か月。フリーランス法施行令1条)以上の業務委託をした場合、受託者の責めに帰すべき事由がないのに、給付の受領を拒むこと、報酬の額を減ずること(フリーランス法5条1項1号・2号)は禁止されます。同じ1か月以上の業務委託では、受託者の責めに帰すべき事由がないのに、給付の内容を変更させ、又は受領した後に給付をやり直させることによって、受託者の利益を不当に害することも禁じられています(同条2項2号)。B案件の「不承認・支払の拒絶」やD案件の「支払の留保」は、受託者の責めによる不適合がある場合に限って働くものとして運用する必要があります。
この規律は、漫画家が受注者になる出版社との関係にもかかわります。従業員を使用する出版社が、従業員を使用しない個人の漫画家に1か月以上の期間にわたって制作を委託している場合、漫画家の責めに帰すべき事由がないのに受領後に描き直させ、漫画家の利益を不当に害することは、同じ規定の問題になりえます。リテイクの理由が漫画家の側の不備なのか、出版社の方針の変更なのかを、やり取りの記録で区別しておく意味はここにもあります。
契約の性質によっても、修正の義務や報酬の考え方が変わります。請負は、仕事の完成を約束し、その結果に対して報酬を支払う契約です(民法632条)。時給・日給のアシスタントの契約は、仕事の完成より作業の遂行に重心があり、準委任(事務の処理を任せる契約)の性質が強いと見られることがあります。準委任では、委任者の責めに帰することができない事由で履行できなくなったときや、履行の途中で終了したときに、既にした履行の割合に応じて報酬を請求でき(民法648条3項)、成果に対して報酬を払う約束なら、成果の引渡しと同時に支払う(民法648条の2第1項)ことになります。どちらの性質かは個別の契約内容によるため、契約書の中で、納品・検収・修正・報酬の確定の流れを具体的に書いておくことが大切です。途中で作業が止まった場合の精算は連載終了・打切りと契約終了で、アシスタントとの契約の全体はアシスタントの業務委託契約で扱います。
よくあるご質問
出版社の契約に「品質基準を満たすまで納入完了とみなさない」とあります。支払はいつになりますか?
契約上は基準を満たした時点ですが、フリーランス法が適用される取引では、支払期日は検査をするかどうかを問わず原稿を受け取った日から60日以内で定める必要があります(同法4条1項)。基準と期限の具体化は交渉事項に挙げられます。
アシスタントへのリテイクは何回まで無償で頼めますか?
契約で決めます。原則2回までとし、超える場合は追加報酬や納期を協議する定め方があります。指示の変更による描き直しは、受託者のミスによる修正と分けて扱います。
検収の期限は決めた方がよいですか?
決めておくと、検収の放置による支払の遅れを防げます。一定の期間内に通知がなければ承認したものとみなす定め方もあります。
納品データの形式はどこまで指定すればよいですか?
ファイルの形式、ファイル名、レイヤー構成、保存形式、共有の方法を指定しておくと、原稿への統合の作業が減ります。破損に備えたバックアップの義務を置く例もあります。
品質に問題があれば、報酬を減らしてもよいですか?
受託者の責めに帰すべき事由がないのに報酬を減らすことは、従業員を使用する発注者が1か月以上の業務委託をした場合、フリーランス法で禁止されています(同法5条1項2号)。契約では一方的な減額ではなく、再作業又は報酬額の協議の形にしておきます。
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