このページの要点
- 秘密情報を、作品そのもの・連載と出版・制作資料・人の情報・アクセス情報に分けて具体的に列挙する。
- 選考・打診の段階から効力を持たせ、候補であることや打診を受けたことも開示を禁じる。
- 削除はキャッシュやバックアップまで含め、方法と証明を求める。
- 違約金は特に定めがなければ賠償額の予定と推定される(民法420条3項)。超過額を請求したいなら明記する。
結論:漫画の秘密保持は「守る情報の具体化」「候補段階からの効力」「終了後の削除」で決まる
漫画の制作現場で守るべき情報は、一般の業務委託でいう営業秘密とは中身が違います。未発表の原稿やネーム、キャラクターの設定、連載の予定、編集部とのやり取り、そして作家の本名とペンネームの対応関係です。どれも、一度SNSに出れば取り返しがつきません。事務所が作成した漫画制作の秘密保持契約書・秘密保持規約は5通(このページでも、アシスタントの契約の案件をA〜Dの記号で示します)あり、共通していたのは、①守る情報を漫画の言葉で具体的に列挙すること、②アシスタントに声をかける段階から効力を持たせること、③作業が終わった後の削除の対象と方法を決めること、の3点でした。
アシスタントとの業務委託契約の全体はアシスタントの業務委託契約で、実績公開(ポートフォリオ)の型はアシスタントの描いた部分の権利で扱っています。このページは、秘密保持の条項そのものに絞ります。
守る情報を、漫画の言葉で列挙する
A案件の秘密保持契約書は、秘密情報の例を次のように具体的に挙げていました。「業務上知り得た一切の情報」とだけ書くより、何が秘密なのかがアシスタントに伝わり、違反があったときにも対象だったかどうかを争われにくくなります。
A案件の秘密情報の例示
原稿・ネーム・設定
未発表原稿、ネーム、ラフ、下描き、完成原稿、キャラクター設定、人物設定、世界観設定、ストーリー構成、プロット、台詞、演出案、構図案。
企画と進行の情報
作品タイトル、掲載媒体、連載状況、制作スケジュール、企画内容、編集方針、打合せ内容、出版社の情報、編集者の情報。
素材とデータ
参考写真、背景資料、3Dモデル・データ、素材データ、ブラシデータ、描画ソフトの作業データ、制作マニュアル。
本名とペンネーム
氏名、ペンネーム、本名とペンネームとの対応関係、住所、連絡先。
共有の入口
共有フォルダ、クラウドストレージ、アカウント、パスワード。
B案件の秘密保持契約書は、これに加えて作画指示書・編集方針・作業工程・制作フロー・口頭の指示・作業中の画像まで含めました。C案件の契約書は、出版社などが公式に公開する前の情報として、タイトル・登場人物・世界観・ストーリー、制作状況・発行予定・連載予定、出版社名・編集者名・企画名を挙げ、その公開・発信・投稿・漏えいだけでなく「示唆」も禁じました。秘密の終わりを「公式発表」に置いた書き方で、発表の後は作品の内容に触れることができる、という線引きも読み取れます。
D案件の秘密保持契約書は、漫画家が第三者から正当に取得した情報で、漫画家が秘密保持の義務を負うものも秘密情報に含め、秘密の表示の有無を問わない、としました。出版社や編集部から受け取った企画書や他の作品の情報など、漫画家自身が守秘の義務を負っている情報を、アシスタントの守秘の対象にそのまま流し込む条項です。
除外事由の書き方にも工夫がありました。A案件は、公知の情報や独自に創作した情報などを秘密情報から除く一般的な除外事由を置いたうえで、除外に当たることは受領者が客観的な資料で証明しなければならないとし、さらに「未発表原稿、ネーム、設定資料、ストーリー構成その他漫画作品の制作過程に関する情報については、本条の適用を厳格に解釈する」というただし書を置きました。アシスタント自身も創作をする人であるため、「自分で考えた設定だ」という主張で除外事由が広く使われることを防ぐ書き方です。
声をかける段階から効力を持たせる
新しい連載の準備では、企画があること自体が秘密です。A案件の秘密保持契約書は、目的に「制作補助業務の依頼、検討、相談、選考、打診」を含め、秘密情報が開示されたかどうかを問わず、締結日に効力を生じる、としました。さらに、「当該作品のアシスタント候補であること」「依頼の打診を受けたこと」「契約交渉中であること」といった関係性の情報も、事前の承諾なく開示できない、と定めました。新連載の準備が外に知られること自体を防ぐ定めです。
事務所の書類での扱い 秘密保持の対象者と効力の発生時点
対象者
理由アシスタントを募集し、応募者にサンプル原稿や作品の情報を見せる段階から守秘をかけるため。
効力の発生
理由同意の手続より先に情報を見せてしまった場合にも、守秘の対象から漏れないようにするため。
関係性の情報
理由やり取りの事実そのものが、新しい企画の存在を推測させるため。
A案件の秘密保持契約書の関係性の情報の条(要旨)
1受領者は、漫画家の事前の承諾なく、当該作品のアシスタント候補であること、漫画家から依頼の打診を受けたこと、及び漫画家と契約交渉中であることを、第三者に開示してはなりません。
2本契約は、秘密情報の開示の有無を問わず、締結日から効力を生じます。
規約の版では、「当方とやり取りしていること」を加え、効力の発生を「同意した時点又は開示を受けた時点のいずれか早い時点」としました。
SNS・作業配信・「推知させる」行為の禁止
A案件は、作業画面、スクリーンショット、共有フォルダの画面、ネーム・原稿・設定資料の一部が写った画像や動画の公開を禁じ、媒体としてライブ配信サービスやチャットのコミュニティも明記しました。作業の様子を配信する文化があるイラスト・漫画の分野では、画面の端に写った次の回のネームが流出の原因になります。
同じ秘密保持契約書は、秘密情報を第三者に口頭で説明すること、又はその内容を「推知させる行為」も禁じました。「来月すごい展開がある」「あのキャラクターが」といった、原稿そのものを見せないネタバレの投稿も対象に入れるための一文です。漫画家の作品に参加したこと自体の公表をどこまで認めるかは、実績公開の型と連動させます。
保存・削除・セキュリティ
A案件は、目的に必要な範囲を超えて複製しないこと、私的な利用・研究・資料の収集・ポートフォリオの作成・学習のために保存しないこと、自分の作品の制作の資料として保管しないことを定めました。求められたとき、交渉が終わったとき、業務委託が終わったときは、パソコン・タブレット・スマートフォン・外部の記録媒体・メールサーバー・クラウドストレージ・バックアップ・キャッシュまで含めて削除し、求められれば完了を報告します。C案件は、終了日から6か月以内に関連資料を削除・破棄する、としました。
| 項目 | 定め | 案件 |
|---|---|---|
| 削除の対象 | パソコン・タブレット・スマートフォン・外部記録媒体・メールサーバー・クラウドストレージ・バックアップ・キャッシュ | A案件 |
| 削除の期限 | 終了日から6か月以内 | C案件 |
| 削除の方法と証明 | 物理的な破壊・デジタル消去・ソフトウェアによる完全削除など復元が困難な手段。返還完了報告書又は消去・破棄証明書を提出 | D案件 |
| 日常のセキュリティ | パスワードによる保護・アクセスの制限・暗号化・バックアップの制限など業界標準の措置 | D案件 |
| アカウント・共有リンク | 第三者に開示・共有・貸与・譲渡・利用させない。漏えい・紛失・誤送信・不正アクセスが起き、又はそのおそれがあれば直ちに報告 | A案件 |
| 誤受領・流出 | 誤って受領・開示・流出した場合やそのおそれがある場合は直ちに書面で通知し、漫画家の指示に従って措置をとる | B案件 |
D案件の「削除しました」と言うだけでなく方法と証明まで求める書き方や、A案件のキャッシュまで含める書き方は、クラウドで原稿をやり取りする今の制作体制に合わせたものです。クラウドで原稿をやり取りする体制では、共有リンクそのものが秘密情報になります。B案件は、秘密保持の規定がアシスタントの従業員・業務委託先その他の関係者にも及び、アシスタントがこれらの者にも同じ義務を負わせて違反について責任を負う、としました。共有フォルダの誤送信や、家族と共用している端末からの流出といった、漫画制作の現場で起きる事故を想定した定めです。
創作上の流用・権利の主張・編集部への直接の接触
A案件は、秘密情報から着想を得て、同一・類似の設定・キャラクター・ストーリー・世界観・構図・演出を使った作品を作らないこと、共同著作者・共同創作者などの地位を主張しないこと、秘密情報をもとに出願・登録などの権利化をしないことを定めました。他方で、業務委託契約書の側では「自己の一般的な画力、技術、経験又は知識を用いて別個独立の創作活動を行うことを不当に制限するものではない」と明記しています。アシスタントの将来の創作活動との線引きを置いた例で、流用の禁止を広げすぎて、アシスタントが絵を描くこと自体を縛るような条項にしないための一文です。
A案件はまた、事前の承諾なく、出版社・編集者・担当者・制作会社・取引先に直接連絡・接触・交渉・営業・照会・苦情の申入れをしないことを定め、違反を即時解除の事由にしました。アシスタントが編集者に直接連絡して漫画家の進行の状況を話してしまう、あるいは編集部に自分を売り込む、といった場面を想定しています。
アシスタントの将来の創作活動との線引きは、秘密保持の条項の実効性にも関わります。流用の禁止を「秘密情報から着想を得た作品」に限り、一般的な画力や技術の利用は妨げないと書いておけば、アシスタントの側も何が禁じられているのかを理解しやすく、違反があったときにも対象の特定がしやすくなります。逆に、似た画風の作品を一切描かせないような書き方をすると、条項全体の有効性が争われる材料を与えかねません。
存続期間と違約金の書き方
| 案件 | 存続期間 |
|---|---|
| A案件 | 契約終了後も無期限に存続(規約の版では、契約交渉・業務委託・継続的な取引の終了後も無期限) |
| B案件 | 終了日から10年間。加えて、秘密情報が漫画家にとって非公知性・機密性を持つ限り効力を継続 |
| C案件 | 業務委託契約の終了日から2年間。ただし公知でない限り、漫画家が特に継続を要すると認める情報は必要な期間存続。成果物・関連資料の公開の禁止は終了後5年 |
| D案件 | 秘密情報が公知となった日から5年間、又は機密としての実効性を失わない限りの期間の、いずれか長い方。漫画家の創作物・プロット・キャラクター設定・ストーリー構造に関する情報は期間の定めなく永続 |
漫画の未発表の情報は、作品が公開されれば秘密でなくなる一方、没になった設定や使わなかったプロットは何年たっても価値を持ちます。D案件のように「公知になってから5年」と「創作上の情報は永続」を分ける書き方は、この性質に合わせたものです。
| 書類 | 違約金 | 性質の書き方 |
|---|---|---|
| A案件(契約書・規約・秘密保持契約書) | 定額(第三者への開示・SNSでの公開・生成AIへの入力・自己の創作への利用・削除しないでの保有など) | 秘密保持契約書では「損害賠償額の予定ではなく」、違約金とは別に損害賠償を請求できる。契約書・規約では、損害が違約金の額を超えれば超過額も請求できる |
| C案件(秘密保持契約書) | 定額(違反の態様・内容・結果の重大性を問わない) | 立証を要せずに請求できる予定損害賠償額とみなす。差止め・仮処分・解除・損害賠償・刑事告発と併用できる。保全の手続への協力の義務も定める |
| B案件・D案件 | 定額の違約金なし | 損害賠償(弁護士費用を含む)で対応 |
違約金は、特に定めがなければ賠償額の予定と推定されます(民法420条3項)。賠償額の予定(同条1項)であれば、実際の損害の額を立証しなくても、その額を請求できると解されています。その代わり、実際の損害が予定の額を上回っても、原則として予定の額にとどまります。実損が違約金を上回るときに超過分も請求できるようにしたいなら、A案件のように「損害賠償額の予定ではない」「超過額も請求できる」と明記しておきます。違約金の性格をどう書くかで、漏えいが起きたときに請求できる範囲の説明が変わるため、同じ漫画家が使う契約書・規約・秘密保持契約書の間で、書き方をそろえておくことが大切です。
金額が実際の損害と比べて過大な場合には、公序良俗(民法90条)によって制限される可能性もあります。また、アシスタントが労働者と判断されると、使用者が労働契約の不履行について違約金を定めることは禁じられているため(労働基準法16条)、定額の違約金は業務委託として成立していることが前提になります。
C案件の秘密保持契約書は、違反をした場合や、漫画家が合理的な根拠で違反の疑いがあると判断した場合に、アシスタントが請求に応じて、メール・チャットの履歴・SNSの投稿・端末内のファイル・キャプチャ画像・録音データ・通信ログ・クラウド上の記録・スクリーンショットなどを証拠として開示し、保存・保全する、としました。証拠の削除・改ざん・隠匿などの妨害を禁じ、違反やその兆候を知ったら24時間以内に書面(メールを含みます)で報告させます。SNSへの流出は投稿を消されると証拠が残らないため、保全の義務を先に約束させておく設計です。漫画家は差止めや仮処分などの保全の措置を申し立てることができ、アシスタントは手続を妨害したり遅らせたりしない、とも定めています。
流出が疑われたときの流れ(事務所が作成した書類の定めを並べたもの)
- 報告を受けるアシスタントは、違反やその兆候、誤送信などの事故を知ったら、24時間以内(C案件)又は直ちに(A・B案件)書面やメールで報告します。
- 証拠を保全するメールやチャットの履歴、投稿、端末内のファイル、スクリーンショットなどを、削除させずに保存・開示させます(C案件)。
- 拡散を止める投稿の削除・訂正・謝罪・再発防止の措置を求めます(A案件)。誤って流出した情報は、漫画家の指示に従って回収・削除させます(B案件)。
- 契約上の措置をとる解除、違約金や損害賠償の請求、差止め・仮処分の申立てを検討します。どの措置がとれるかは、それぞれの書類の定めによります。
出版社との機密保持を、アシスタントに受け渡す
事務所がレビューした出版社作成の基本契約には機密保持の条項(第24条)があり、その違反の損害賠償にも上限がない、と報告書で指摘しました(出版社との基本契約)。漫画家が出版社に負う機密保持の義務は、アシスタントに作業を出した時点でアシスタントにも及ばせておく必要があります。アシスタント向けの秘密保持契約書が「編集部とのやり取り」「編集方針」「出版社の情報」を秘密情報に入れ、D案件のように漫画家が第三者に対して守秘の義務を負う情報を含めているのは、この受け渡しのためです。
アシスタントの義務の範囲が漫画家の義務の範囲より狭いと、その差の部分で流出が起きたとき、漫画家だけが出版社に責任を負うことになります。
ヒヤリングで確かめること 秘密保持契約書を作る前に確かめること
アシスタントに声をかける前の、募集や選考の段階で見せる情報はありますか。
見せるなら、候補者・応募者の段階から効力を持たせる形にします。
出版社との契約で、漫画家が負っている機密保持の範囲はどこまでですか。
アシスタントに課す範囲を、それと同じかそれ以上にそろえます。
作業の様子の配信や、講座での利用を認めることはありますか。
認めるなら、承諾の手続と範囲を決め、認めないなら媒体を名指しして禁止します。
作業が終わった後、データをどこまで、どの方法で削除してもらいますか。
端末・クラウド・バックアップ・キャッシュまで含めるか、証明書を求めるかを決めます。
違約金を置きますか。置くなら、損害賠償額の予定としますか、別に損害賠償も請求できる形にしますか。
同じ漫画家が使う書類どうしで、書き方をそろえます。
よくあるご質問
アシスタントに声をかける前の段階でも、秘密保持契約は必要ですか?
新連載の準備や企画の存在そのものが秘密になる場合は、選考・打診の段階から秘密保持契約を結んでおくと、候補であることや打診を受けたことの開示も制限できます。
アシスタントの作業配信やSNS投稿を禁止できますか?
契約で禁止できます。作業画面、スクリーンショット、共有フォルダの画面、原稿・ネームの一部が写った画像など、対象を具体的に書き、内容を推知させる投稿も対象に含めておきます。
作業が終わった後のデータはどう扱えばよいですか?
返還又は削除の義務と、削除の対象(端末・クラウド・バックアップ・キャッシュなど)、削除の方法、完了の報告の方法を決めておきます。
違約金は「損害賠償額の予定」とした方がよいですか?
違約金は特に定めがなければ賠償額の予定と推定され、損害の立証なしにその額を請求できます(民法420条)。実損が上回ったときに超過分も請求したい場合は、予定ではない旨や超過額を請求できる旨を明記しておきます。
アシスタントが漫画家の担当編集者に直接連絡するのを禁止できますか?
契約で禁止している例があります。事前の承諾なく出版社・編集者・取引先に連絡・接触しないことを定め、違反を即時解除の事由にすることもできます。
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本ページは一般的な情報提供です。事務所の書類での扱い・ご相談の事例として紹介している内容は、アトラス行政書士法人が作成・レビューしてきた出版社との漫画制作委託・出版の基本契約、漫画家とアシスタントの業務委託契約書・秘密保持契約書・業務規約、漫画を原作とする映像化の原作使用許諾契約書、海外の翻訳配信ライセンス契約の日本語訳、マンガ投稿サービスの利用規約などを、個別の依頼者・作品・出版社が特定できない形に整理したものです。料率・金額などの具体的な値は伏せています。条文は e-Gov法令検索で確認しています(最終確認日:2026年10月15日)。参考: e-Gov法令検索 / 著作権(文化庁) / フリーランス法特設サイト(公正取引委員会)